帰りたい場所 4

「ここですか。いいですね」

リカが選んだ店は雑誌で取り上げられている店ではなく、もう少しこじんまりとしているがアットホームな雰囲気のする店だった。

「ドイツ料理だそうです。空井さん、ビール飲みますよね」
「いいんですか?じゃあ、少しだけ。料理はわからないんですが」
「ええと、おすすめがあるみたいなので、それを頼んでもいいですか?」

任せます、といいながら楽しそうな大祐にこれとこれを、と話しながら注文する。席と席の間隔はそこそこあるが、丸テーブルと童話に出てきそうな可愛らしい椅子の組み合わせが面白い。

リカは注文しながら後で写真を撮ってもいいかと店員に確認して店内を見回した。

「でも、どうしてドイツ料理なんですか?」
「クリスマスマーケットがあるのでなんとなく、ドイツ、と思ったくらいなんですけど」

そんな話をしている間に温サラダが運ばれてくる。

「……すっげ」
「……これは」

顔を見合わせてあっけにとられるくらい、こぶりなジャガイモやインゲン、アスパラガスが山盛り乗せられていて、刻んだパセリも一握り乗せました!というくらいのボリュームである。

「……稲葉さん、ボリュームは聞かなかったんですか?」
「だって……」

素朴な疑問だが、思わずこの量を知っていて頼んだのかと聞いた大祐にこちらも呆気にとられたリカが呟く。
日本で当たり前のボリュームを連想するならこれは四人前くらいはあるだろうか。

「ふ、あはは!すっごいいいですね。この量で野菜食べるなんて滅多にないですよ」
「確かにそうですけど……どうしよう」
「食べましょう!稲葉さん、どれから行きます?とりますよ」

取り皿にきれいにまんべんなく取り分けた大祐はリカの前に皿を置くと、自分にもそれぞれ取り分ける。
いただきます、と手を合わせてフォークと手にすると、ぱくっと小さなジャガイモを一個、そのまま口の中に入れた。

「んー!んまいです!稲葉さん、早く食べて」
「は、はいっ」

さすがに大祐と違ってジャガイモ一個、というわけにはいかず、インゲンを口にする。
歯ごたえとその味の濃さに思わず目を見張ってしまう。

うまい、と言いながら食べていた大祐が、あ、と手を止めた。

「稲葉さん。これは危険かもしれないですよ。ちょっと聞いてみましょう」

いきなりそれだけを言うと、大祐は手を挙げて店員を呼び止めた。口の中には溶かしバターとレモンかオレンジの柑橘系の香りがいっぱいでリカはそれに追いつけない。

「すみません。ジャガイモのスープと肉の煮込みをこの後頼んでいるんですが、どのくらいの大きさですか?」

ああ、と笑った店員が二人のテーブルを見て理解したらしい。
少し大きいので、ハーフサイズにしましょうか、と言ってくれてオーダーを変えてもらった。

 

「いやー、危なかったですね。稲葉さん、絶対食べきれないですよ」
「あぶないってそういう……」
「だって、この勢いでくると思ったらちょっと自分も自信ないですね」

でもうまいからいけるかな、と笑いながらきれいに食べていく大祐の手を見ていると、手が止まってしまう。

「稲葉さん?」
「空井さん、すごくきれいに食べるなと思ってつい……」
「これでも食べる量は減ったんですよ。パイロット時代はもっと食べてましたね。カロリーを消費するんで、めっちゃくちゃ食うんですよ」

初めてあったころとは違い、屈託なくパイロット時代の話をする大祐は本当に楽しそうだ。

「あの頃と同じくらい食べてたら今、大変ですよ」
「でも空井さん、どちらかというと細いじゃないですか」

普段から鍛えているのもあるのだろうが、広報室のメンバーは皆、すらりとしている。
それを素直に口にしたリカに、ふっと大祐が意味ありげに笑う。

「細く見えます?でも、ちゃんと鍛えてますよ?」
「そりゃ……」
「脱いだとこ、見てみます?」

さらりと口にした大祐に、飲みかけのビールを吹き出しそうになる。

「な、なにを……。ごほっ、ごほっ」
「だって、服着てたらわかんないでしょ?」

服を脱いだ大祐と。

そのシチュエーションを考えただけで咳き込んでしまう。

「稲葉さんはどうなんですか?」
「なっ!!私、脱ぎませんから!!」

思わずそう叫んだリカに今度は大祐のほうがぐふっとむせた。

「なっ、なっ、何を言うんですかっ」
「だって、空井さんが脱いだらすごいからっていうから」
「冗談ですよ!!そんなの……。もう」

耳まで真っ赤にした大祐が暴れたから、テーブルの下でぶつかりそうだった膝頭が触れた。

あっと、思ったものの、なんだか離れがたくて、そのまま何も言わずにビールに手を伸ばす。
てっきりリカのほうから離れるかと思っていたが、大祐の膝にリカの膝が触れたままその熱が伝わってくる。

その熱は離れることなく、どちらともそのまま何も言わずに食事をつづけた。

投稿者 kogetsu

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