恋人同士のクリスマスだと確かに言った。
ええ、私は言いましたとも!!
「あの……すいません」
「なんで謝るんですか」
「なんでって……。稲葉さん、固まってるし」
そりゃ固まるでしょうよと口から出そうになる。
企画通り、恋人通りのクリスマスだというなら迎えに行きます、と大祐がいうので自宅までは申し訳ないと固辞したものの、酔っぱらった稲葉さんをお送りしたことがあります、と言い切られてしまったのだ。
そして、迎えに来てもらうことになった土曜の午後、チャイムで部屋まで迎えに来た大祐を見て固まってしまった。
「……生まれてから長いこと女子をやってますが、花とシャンパン持った男性に迎えに来られたことはないもので」
「……ですよね」
「ですよね?!」
「あ、いや!そういう意味ではなく!!ああもう……」
ひたすら恐縮している大祐を責めているわけではない。わけではないのだが、なんとも驚いたとしか言いようがない。
「どうしたんですか?これ」
困り果てた大祐の小さめの花束のほうに手を伸ばす。
フラワースタンドの店頭で、よく見かける小さくてかわいいサイズの花束だ。
「実は、先日鷺坂室長に」
「鷺坂さんに話したんですか?!」
「ちがいますっ!!そうじゃなくて、廊下で稲葉さんからのメールを見ていたら、急に女性を誘うなら花とワインかシャンパンでも持っていくように、って厳命されまして」
くらっとしなかっただけましかもしれないと思う。
その時点で相手がリカであることがバレバレじゃないかと思ったが、あの鷺坂相手にどこまで誤魔化せるんだと言われれば自分も自信がない。
「それで」
「はい……。すみません。稲葉さんの好みも聞かずに」
そういう問題じゃない。
という一言は飲み込んで、リカは両手で花束を包み込んで玄関のドアを体で押し開けた。
「好みは問題ないです。可愛いです。よかったら、上がって少し待っていてくれますか。それも」
そういって、大祐の手に握られたシャンパンを指さす。
「いただけるのなら冷やしておきますから」
「はい!それはもう!もちろん……。えっ!!自分、上がるなんてとんでもない!!」
「……嫌なんですか?」
ぶんぶん。
首と手がちぎれるのではないかと思うくらい全力で振った大祐が、びしっと背筋を伸ばす。
「女性のお部屋に自分なんか」
「いいから、お花を生ける間待っててください。外寒いんで!」
ぐいっと大祐の手をつかんで玄関の中に引き込むと、ふわふわのスリッパを置いた。
「すぐですから」
「はいっ!」
「空井さん……」
「自分、ここでお待ちしてます。お部屋までお邪魔するのは申し訳ないので、気にせず稲葉さん、ゆっくり支度してください」
玄関の壁に背中を寄せた大祐にこれ以上は無駄と思ったリカはわかりました、といってさっさと部屋に入った。冷蔵庫にシャンパンをしまって、部屋の中をざっと見渡す。
花瓶代わりを探してもいるが、大祐にもし見られても困らないかと一瞬気になったのだ。
―― ベッドもきれいだし、へんなものも出しっぱなしにはしてない、と……
どこかでほっとしながら、中くらいのガラスの器に水を入れて水切りもせずにその中に入れる。帰ってから長さをそろえるつもりでテーブルの真ん中に置く。
外は晴れていても寒くならないとも限らない。コートに袖を通してショールを肩に巻くと、バッグを手にした。
「お待たせしました」
「あ、はい。大丈夫ですか?」
「ええ。せっかくなのでお待たせしてすみません。行きましょうか」
玄関に立っていただけの大祐と一緒に玄関を出て鍵を閉める。これだけでなんだか恋人と一緒に出掛けるようで内心はどぎまぎしてしまう。
「お天気でよかったですね」
「そうですね。じゃ……」
連れだってマンションをでてひとまずは駅へと向かう。
「まずはどこにいくんですか?」
「空井さん、好き嫌いないっておっしゃってましたよね」
「はい」
楽しそうにリカを見つめてくる大祐の目にプレッシャーを感じながらも新しい商業施設のできたエリアへと向かった。
「稲葉さんは、今までどんなクリスマスだったんですか?」
「大体、友人と集まってって感じですかねぇ」
電車の中でそんな話をしているとくすっと大祐が笑いをかみ殺している。むっとしてリカは顔を上げた。
「何ですか」
「だって、稲葉さん。この企画、恋人同士のクリスマスなんですよね?」
「企画はそうですけど!今は、なんていうか、話題じゃないですか。そんなこというなら空井さんはどうなんですか」
「自分ですか?自分は全然彼女がいたことなんて全然ないですよ。学生の頃なら、二人っきりなんてそうそうないですし、みんなでファミレス行ってずっと居座ったりですね」
そういえば、秋恵とはそんな感じだったといっていた気がする。
もやっとした記憶がよみがえってきて、憮然としたリカと、どこか面白がっている大祐は、開いたドアに押し出されるようにホームに降りた。
「まあ、正直自分、そんなにもてなかったですし、飛行機バカですから今日はすごく楽しみにしてたんです。シチュエーション的には恋人といってもクリスマス前で付き合って間もないっていう、そんな感じでどうですか?」
「初デートとか?」
「そうです!実際、稲葉さんとは初デートですね」
―― !
フリーズしたリカの隣を、冗談ですけど、と呟いた大祐が歩いていく。
―― 紛らわしいのよ!
ぐっと拳を握りしめたが、これが全く悪気もない素の大祐だという理解くらいはある。
「……」
「はい?何かいいました?」
「いいえっ!行きますよ!初デートっ!」
改札を抜けて目的の店に向かうためにリカは大祐の腕をつかんで歩き出した。