朝の申し送りのあと、時計を見て白石と藍沢は支度をするために心カテ室に向かった。
支度をしている間に真田が運ばれてくる。
「藍沢先生、白石先生。よろしくお願いします」
手術着を着せられて頭も覆われていた真田が相変わらずの笑顔で声をかけてきて、白石は頷くだけだったが、藍沢は足を止めた。
「真田さん」
「はい」
「退院されたら、真田さんの作る芝居、見に行っていいですか」
その一言にぎょっとしたのは白石だけでなく、周りにいたオペ看の面々もそうだろう。
だが、真田がもっと顔中をくしゃくしゃにしてもちろんです、という。
「お休みができたらいつでもいいです。連絡をもらったらその時やっている芝居に必ずご招待します。もちろん、白石先生も」
未来の約束を藍沢がしているところはあまり見たことがない。
まじまじと藍沢の顔を見ていた白石に、なんだ、と振り返った。
「……うん。もし、休みが一緒だったら私も行こうかな」
「……?!」
次にぎょっとするのは藍沢のほうで。
マスクをしていても見開いた目に周りだけがくすくす笑っていたが、白石はまったくそれに気づくことなく手術室に入って行く。
* * *
それが難しい手技だとは思わせない手際でオペを終わらせ、それぞれがいつものように戻っていく。
いつも通り。
前回は大腿部から入れたカテーテルを今度は腕からとったことも真田には終わってしまえばいいネタになったようで、しばしば見舞客が来るたびに緋山の怒鳴り声が聞こえてきた。
「真田さん。今日から一般病棟に移動です」
「白石先生。お世話になりました」
「いえ。まだ通院になっても気をつけてくださいね」
今回のステントは薬剤を含んだ新しいものを使っていて、再狭窄率が非常に低いものである。
それでも、また繰り返さないという保証はない。ただ、確立としては低いだけだ。
だが、真田はいつもの笑顔を向けた。
「先生も、他の先生方も。芝居はいつでも暇ができたら観に来てください」
「わかりました。その時はよろしくお願いします」
病棟から車椅子で出ていく姿を白石だけでなく、いつの間にか顔を見せた緋山や藤川、藍沢も見送る。
「真田さん、いい人だったな」
「見舞客だけはうるさかったけどねー」
「でも、なんかちょっとだけいいこと教えてもらった気がする」
藤川が口を開き、それに緋山が続く。
『世の中は劇場で、みんなその舞台の役者だって思ったら面白くないですか?いい人の顔も、悪い顔も。いろんな顔が同時にあるなんてほんと、役者なんですよ』
だからまっすぐ。
「……いくぞ」
藍沢の声に三人は振り返ってまた、戻っていく。
守りたいものを守るために。