頑張ってみましたよ
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「おや?」
顔を覗かせた瞬間、総司が何か言いたげにして相手を見ているのはわかったが、セイは、早く総司とともに屯所に行くことが先だとそちらに頭が向いていて、気にも留めなかった。
「沖田先生、早くお支度を」
振り返って、総司の着物をまず整えなければと思っていたセイと入れ替わるように玄関に出てきた総司が、にっこりと受けた。
「それで、何用で?」
「へぇ。なんでも捕り物になりそうだということで」
「そうですか。神谷さんも?」
いつもなら、セイも有無を言わせることなく連れて行くところなのに、なぜかわざわざセイも一緒に呼ばれているのかと総司が問いかけた。部屋に上がったセイは、総司の袴や羽織を出してきて、自分も着替えにかかっていた。
「いや……。手のほうは足りてますんで、手伝いのほうはいらんということです」
「そうですか。わかりました。すぐに支度しますので、少しだけ待ってください」
「へぇ」
にこやかに告げた総司はすぐに奥に取って返した。セイが用意した着物を身に着けると、懐紙や手拭いを懐に入れながらセイに告げた。
「貴女は大丈夫みたいですからこのまま家にいなさい」
「そんな、何かあったら手当も必要です」
「ええ。でも手が足りているということですし、明け方になるかもしれませんから、貴女はこのまま家にいるほうがいい。朝になっても始末がついていなければ誰かを寄越しましょう」
自分が帰ってこられない時のことも考えて、総司がそういうと、着替えていたセイの手が止まった。
屯所には自分が邪魔なのかとうっかり考えてしまいそうになって、ぎゅっと一度強く目を瞑ると再び手を動かして着物を身に着けた。
「承知しました。とりあえず私は家でお待ちしてます。何かあって、必要なら私も誰かが呼びに来てくださると思いますし。沖田先生、お気をつけて」
精一杯の笑顔を見せたセイに、総司はうなずいて刀を手にした。軽くセイの頬に触れてから急いで玄関に向かう。部屋を出がけに、敷居を二度ほど鞘でコツコツと叩いた。
せめて、山崎がいるとしたら後のことを頼むということだ。
「お待たせしました」
「へぇ。ほな。夜分に申し訳ありません」
「後を頼みましたよ」
迎えに来た男に声をかけると、総司は一度だけセイを振り返ってひらりと手を挙げると男とともに暗闇の中に出て行った。男が手にしていた提灯の灯りが 見えなくなるまで見送ってから、セイは玄関を閉めて戸締りをする。この家の周りは、特に静かだけに、もしセイを呼びに誰かが現れても、先ほどのように聞こ えるはずだ。
部屋の中の灯りは点けたままで、セイは床をきれいに直すと、部屋の中をぐるりと見渡してから納戸に総司が仕舞ってしまった自分の刀を持ってきた。
いつ迎えが来て急いで屯所に向かうことになってもいいように、今はセイも袴を身に着けている。だからこそ、刀を手にすると気持ちは清三郎に戻りそうになる。
脇差と大刀の二振りを部屋に持ってきて傍に置くと、セイは総司の洗い上げた着物に火熨斗をかけ始めた。
家から提灯の灯りが見えなくなる辺りまで来ると、今度は屯所の灯りが見え始めるのが間もなくである。総司は何も言わず男とともに屯所に向かって歩いていたが、門の傍まで来ると、男は立ち止まった。
「ほな、私はこの辺で。次にまわりますんで」
「おや、そうなんですか?」
「私の仕事は沖田先生をお呼びするところまでなので」
そういって、総司から離れようとした男の提灯を持つ手がぴたりと動きを止めた。
提灯の柄ごと、総司が強くつかんでいるからだ。
「まあ、屯所まで行きましょうよ。もうすぐ提灯の灯りも取り換え時みたいですし?」
軽くつかんでいるようなのに、ほんの少しも動かせなくなった男は、ひきつった笑みを浮かべて、ほな、いきますか、と小さく応えた。頷いた総司とともに門の脇まで来ると、提灯の灯りをふっと吹き消す。
「申し訳ありませんが、沖田先生。灯りをもらってきていただけますか」
「それは気が付かなくてすみません。でも、私も呼ばれている身ですから、あなたが直接火を入れてもらいに行った方がはやいでしょう」
提灯を差し出してきた男にそういうと、総司は男の腕を掴んで有無を言わさず門の方へと引きずり出した。慌てた男が逃げ腰になる。
「お、沖田先生」
門の敷居を越える直前で総司がぴたりと足を止めた。男の手から提灯を叩き落すと、総司の様子を見ていた門脇の隊士達が驚いて飛び出してくる。
「貴方がどこのどなたかわかりませんが、新撰組を甘くみてましたね」
「な、何を」
「確かに、所帯は大きくなりましたが、私達幹部は新入隊士の顔はすべて見知ってるんです。手伝ってくださる町の人たちの顔も皆ね。ですから、見覚えのない貴方はどこのどなたでしょうね?」
ひく、とひきつった顔の男を駆け寄ってきた門わきの隊士達が灯りを差し出しながら、取り囲む。総司が言うのと同様に、門脇に立つ隊士達は出入りを見張っているため、新入隊士であっても、監察の者であっても、ほとんどの者の顔を見分けられる。
「俺達の事を甘く見やがって。どこのどいつだ!」
「沖田先生!俺達にまかしてください!」
じたばたと暴れ出した男を隊士達が取り押さえると、男の態度が一変する。奇声をあげて逃げようとしても皆、捕り物には慣れていて、そんなことは日常茶飯事である。町方相手なら逃げられもしただろうが、そんなわけはない。
「俺はしらん!何も知らねぇ!金で雇われただけだ!!」
「この野郎!どこのどいつに頼まれたんだ!」
門の際で怒声が上がりだすと、屯所の方からもざわざわと人が起き出してきて、顔を覗かせ始める。総司は後はお願いします、と言って、大階段に向かった。あちこちから灯りを持った隊士達が駆けつけてきて、総司にも手燭が手渡される。
「沖田先生!どうかされたんですか」
「いえ、こちらのほうは何も?」
「ええ。結局あいつら、俺達が怖くて何もしないんじゃないですかね」
そうですか、と相槌を打った総司はまっすぐに幹部棟へ向かった。副長室の前まで来ると片膝をついて声をかける。
「副長。お目覚めですか」
「……総司か」
「失礼します」
すいっと障子をあけると、総司の持っていた手燭の灯りを眩しそうにして土方が半身を起こした。ずいっと灯りを部屋の中へと差し入れて、枕元に置かれていた行燈に火を移すと、総司は片膝のままで告げた。
「どうやら来たようですよ。私だけを屯所におびき出してきましたから、私はこれからすぐ家に戻ります」
「!!一番隊を連れて行け。俺もすぐに追いかける」
「わざわざ土方さんがですか?」
軽く片眉をあげた総司が立ち上がると、土方も立ち上がって夜着の帯を外し始めた。
「責任をとれと言ったのはお前だろうが」
「じゃあ、きっちりお願いしますね」
ひやりとする空気を纏った総司がすぐに副長室から姿を消す。隊部屋に向かった総司は、いつ捕り物になってもいいように、普段着のままで休んでいた隊士達に声をかけた。
– 続く –