五感で伝える*~F:俺の目に映るもの

「じゃあさ。ご飯いこうよ」
「行く!行きます~。藤枝さん、いつあいてます?」
「そうだなー。木曜は?」

可愛いなって思ったら、誘うのがマナーだろ。俺はそう思う。
ちょっと用があって顔を出した情報局で最近入った女の子に声をかけた。

口に出して、態度に出して、伝えてあげれば、女の子はみんなどんどん可愛くなるもんだからね。
声をかけた彼女は、アシスタントで珠輝がADに上がって、代わりの空いた穴を埋めるために来たが、関連会社の子だから、助っ人から上がることもない。
いつか、いなくなるなら、余計にいるうちに楽しくやるべきだと思う。

「嬉しい!じゃあ、他の約束あっても絶対あけてくださいね」

いいよ、と携帯番号とアドレスを交わして、機嫌よく振り返った。

「……なによ。稲葉」
「いーえ。無駄にマメだなって感心してるとこ」
「俺は人よりも愛の数が多いだけー」

よく言うわよ、と白々とした視線が突き刺さる。
この同期に何を言われようと、それで変わる俺じゃない。仕事で足を向けたフロアで一つの愛をキャッチするのは、俺の栄養なのだ。

「あんまり、仕事で一緒になる相手を泣かせるんじゃないわよ」

声を落として、そっと囁く横顔は、いつの間にかきれいな大人の女に見えた。
元から美人、と言われる部類に入る奴ではあったが、ここ数年で格段にきれいになったことを俺はずっと見てきた。

―― 女は変わる、の典型だよな

これだけ自分が変わった自覚がないから、俺が女の子たちに声をかけることに抵抗があるのかもしれない。

「泣かせたりなんかしてねえよ。俺は愛情豊かなの」
「じゃあ、本命一人に絞りなさいよ」
「俺の多すぎる愛情を一人で受け止めきれるわけないだろ?」

そういいながら、あの男前の溢れんばかりの愛情を受け止めているこいつの顔には、まじめに心配している色が浮かぶ。
常々、女の子たちの付き合いで、身を滅ぼしたらどうするの、とこんな俺の事を真剣に心配しているのはよくわかっているから、わざと目につくところで声をかけるんだ。

「あんた、本当にいつか刺されるわよ」
「そしたら稲葉が助けてくれればいいじゃん」
「冗談でしょ」

本気で呆れた顔をした稲葉が立ち上がってコーヒーメーカーに足を向けた瞬間、携帯が鳴った。
振り返った顔が一瞬で変わるのが見たくて、その横顔から視線が外せなくなる。

手を伸ばして携帯をとろうとした目の前で、一拍早く俺の手が稲葉の携帯を掴むと勝手に通話を開始する。

「ちょっと!」
「もっしもーし。空井君?藤枝です。お久しぶり」

電話の向こうで驚いているのが手に取るようにわかる。俺の目の前でも勝手に電話に出た俺の手から携帯を取り返そうとする同期を、片手で防ぎながらわざと聞こえるように話す。

「たまには一緒に飲みましょうよ。可愛げのないおたくの嫁も一緒でいいですけど、なんなら片山さんや比嘉さんと男同士でもいいじゃないですか」
「ちょっと!いい加減にしてよ!」

電話の向こうから、律儀に『うちのリカは可愛いですよ』と訂正してくる声と目の前の同期が顔を赤くして怒っている声が重なる。
周りはくすくすと笑いながらこのおふざけを眺めていた。

「じゃあ、そろそろ空井君の可愛い可愛い稲葉が怒るんで!」

はい、今度是非、飲みましょう。

その答えを聞いてから、携帯を差し出すと頬を膨らませた稲葉が俺の手を引っ掻くように奪い取る。
袖口で携帯を拭いながら窓側の隅の方へと逃げて行った稲葉が、顔を赤くして何か話していた。

やれやれ、と肩をすくめて最近めきめきと頑張ってディレクターとして活躍している珠輝ちゃんが、隣に並ぶ。コーヒーを片手にした俺は視線を外さないまま、耳を傾けた。

「藤枝さんって、損ですよね。そんなに好きでもない子はかわいがるのに、一番好きな子は苛めちゃうっていう典型みたい」

―― なかなか鋭い観察眼で。そりゃあね。稲葉といい、珠輝といい、幸せいっぱいできれいになっていく女を見ているのが一番好きだからさ

「いつまでも、少年の目を持っていると言ってほしいな」
「はいはい。雑誌にでも売り込んだらどうですか?」
「売れるかな」
「さぁ?」

俺の視線の先には、零れるような笑顔で笑う女。

「だから、俺としては幸せ一杯ってことよ」

切った携帯を愛おしそうに眺める姿も見られたことで、満足度は急上昇だ。
携帯の充電のように100%をたたき出したところで俺は、その場を離れた。

投稿者 kogetsu

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