〜はじめの一言〜
斎藤さんキャンペーンもまだございます。うわー。いや、脳内にはいたので、書いてしまえ!
これはまだセイちゃんが一番隊の組下で、総ちゃんが恋を意識する前のお話です。
BGM:SMAP This is love
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「それじゃあ駄目ですよ!神谷さん」
ばぁんと総司に叩きつけられて、セイは道場の床の上に倒れ込んだ。
何度目か分からないくらい弾かれて、何をどうしていいのか分からなくなる。
それでも諦めて退るわけに行かず、再び立ち上がろうとして足元がふらついてしまった。そこを竹刀で肩先を押されて、再び膝をついてしまう。
「貴女は私が駄目だと言ってる意味をまるで分かっていない」
冷たく言い放たれて、そのまま総司は他の隊士へ稽古をつけに回ってしまった。
いつも叱られることは多いのに、いつもにまして厳しい叱責にへこたれそうになる。
自分の理解が浅いのが悪いのだけど、どうしてもついていけないことが悔しくて、稽古が終わってからもその気持ちを引きずってしまう。
セイは女子にしては、頭で考えるより先に、体が動くほうではある。しかし、子供の頃から身に染み付いた経験とは大きな隔たりがある。
臂力が弱いのは変えられないことだし、肩の力もそうだ。
それを補うべく神谷流の稽古だってしている。
それでもどうしても、もともとの骨格や筋力の違いがこうして出てしまう。
それを物陰から見ていた斎藤は、セイの手が空いているところを見かけて声をかけた。
「神谷、たまには俺と稽古しないか?」
「兄上が稽古をつけてくださるのですか?」
「ああ。たまには沖田さんじゃないほうが新しい発見もあると思うが」
セイは素直にうなずいた。確かに総司につけてもらう稽古は、どちらかというと実際に打ち叩かれて得ていくような教え方である。
口や理論で説明しながら進めるようなものではない。
それは、剣術の素養があるものと無いものでは理解にも大きな差が出てしまう。いくら愛弟子といっても、そもそもの思考が違うセイなどはいつもその壁にぶつかってしまう。
屯所ではさすがにまずいだろうということで、川原にでて構えた。竹刀ではなく、木刀を持ってきたところに、セイの負けず嫌いが現れている。
それには何も言わずに、向かい合った斉藤は、その前の稽古でセイが叩きのめされていたのと同じ踏み込みをかけた。
それに対して、セイも同じように踏み込んでくる。
かあん。
澄んだ音をさせて木刀が跳ね上がった。
「くっ」
「ふむ。もう一度」
今度は同じように構えながら、今度は先ほどセイが構えたのと同じ動きをする。
「いいか、清三郎。お前の構えと同じだ。わかるか?」
「はい、兄上」
「じゃあ、どう思う?」
そう聞かれて、セイは改めて斎藤がセイを真似た構えをみた。
正眼に構えているが、意識が前しか向いていない。隙がある、ないではなく。
ゆらり、と半眼を閉じて、先ほど自分が打ち込まれた姿を思い出す。総司の動きを思い描いて、まったく同じように打ち込んでみる。
それを受けて、斎藤も全くセイと同じように受けてみる。が、セイと同じように打ち込みを受ける前に、すくい上げるようにセイの木刀をかわした。
「あっ」
「わかるか」
すうっと再び構えた斎藤が問いかける。もう一度、セイも先ほどと同じように打ち込んでみる。すると同じように、斎藤はすくい上げようとして、今度は、切っ先を横に向けて、それを防いだ。
「そうだ。わかるだろう」
斎藤は、セイがわかるように打ち込みを変えてくる。
セイは、総司に打ち叩かれた時よりも、素直にその動きが沁み込んだ。
道場において、総司を目の前にしていたより、穏やかに理解できる。先程と同じように途中から斎藤が導き、セイが受ける。
猛ることない時間は、隅々までセイの肉体の動きを支配して細やかな神経を行き渡らせる。
二刻にわたった道場での稽古よりも今のセイには、有効だったようだ。
半刻もすると、斎藤は木刀をひいた。それが終わりの合図だった。
「兄上、ありがとうございました」
「よくわかったろう」
「はいっ」
半刻という時間であれば、木刀での稽古もセイの体を痛めることもなかったようだ。
斎藤は少し前から離れた場所で様子を伺っているあの男の気配に気がついていた。しかし、たまには美味しい思いをさせてもらっても罰は当たらないだろう。
総司の入る隙のないように、斎藤は今の稽古を説明し始めた。
「清三郎。相手を見るからお前は前にしか意識が向かなくなる。だが、目の前にあるものすべてを意識に入れると今のように動けるだろう」
「はい。それはすごく身に沁みてわかりました。昔、山南先生にも同じようなことを言われたことがあります」
「そうなのか?」
「はい。相手の剣を見るのではなく、周りの空気を見なさいと」
そうだった。山南の教え方も斎藤に似ている。ただ、力に溢れた稽古だけではなく、相手に合わせた稽古をしてくれた。セイのように、言葉で不足を補う方が向いている者もいれば、平助のように、打ち負かすタイミングをずらしていくことで会得する者もいる。
斎藤は、今は亡き山南の言葉を反芻して、頷いた。
「そうか。その通りだな。良い教えをいただいたのだな」
「ええ。でも、私はそれを生かしきれていませんでした」
「それはお前のせいだけではあるまい」
セイの木刀も取り上げると、斎藤はセイの月代にぽんと手を置いた。
「酒でも飲むか」
「はい!稽古のお礼に私が!」
ゆったりと屯所にむけて歩みながら、入る余地のない会話に、きっと溜息をついているはずの男に含み笑いを向けた。
―― そもそも、アンタが悪いんだぞ。沖田さん
あの男は、天然理心流の師範代としてもっと若い頃から相当な使い手としてきた。それだけに、未熟な者への稽古も決して下手なわけではない。にもかかわらず、セイにはうまくいかないことを自覚していないらしい。
「清三郎。沖田さんは、器用な性質ではない。それはお前も分かっているだろう?」
「ええ、まあ……」
「ならば、組下の者達の前でお前に俺のような教え方ができないこともわかるのではないか?」
あっ、とセイはようやく気がついた。確かに、朱鹿野で神谷流の稽古をしているときは、厳しいなりに、言葉でも教えられたし、セイが夢中になりすぎる瞬間もきちんと押さえて教えてくれていた。
道場では他の隊士たちの手前もあり、ただ、がむしゃらに立ち向かってくるだけのセイの相手を、特別にするわけにはいかないのは道理だ。
「兄上、目が覚めました」
「それにな、お前は自分をどう思っているのかは知らないが、俺だけでなく永倉さんや藤堂さん、原田さんや井上さんにも教えを受けているだろう?」
「はい」
セイは、稽古する時間があった時には、総司以外の者にも教えを請うていた。誰からも愛されるセイのことだけあって、皆惜しみなくセイを 鍛えていた。それだけに、その直後は教えを受けた誰かの流派の影響を受けている場合もある。それが動きに現れる場合は、今日の総司のような稽古でさらに倍 以上も伸びていく。
しかし、頭に動きがついていけない場合は、だめなのだ。それだけ、セイが日々恐ろしい勢いで様々な剣技を身につけていっているということでもある。
「酒を飲みながら、うまいやり方を教えてやる」
「兄上~~~~!!」
―― どっきゅん。
木刀を始末して、屯所を出た斎藤とセイは、正しくいうと、斎藤がセイをぶら下げているような姿で歩きだす。
嬉しそうに、セイに張り付かれた斎藤は、内心の動揺を隠して、セイを自分から引きはがしてきちんと隣を歩かせた。
屯所を出ていく二人を見ながら、総司は斎藤が思ったように、溜息をついていた。
―― 確かに今日は失敗したなと思いましたけど。
実際、セイの成長は目を見張るくらいで、時折、総司でさえ女子だということを忘れて、本気で打ち込んでしまいそうになる。もっともっと伸びるだろうその姿をみていると、つい期待をもってきつい指導をしてしまうのだ。
斎藤が言うように道場では隊士の手前でセイに合わせた稽古ができないのも事実ではあるが、そんなときも上手にしてやれないのは総司自身の未熟だと自分で感じてしまう。
同い年だというのに斎藤には、こういうところが敵わない。
―― 仕方ないな。今日は斎藤さんに譲りましょう
どうせ、酔ったセイがトラになって斎藤に背負われてくるのは目に見えている。
自分はそれを迎えてやればいい。総司は、数刻後のその時間が待ち遠しかった。
同じころ、斎藤はその数刻の時間がもっと長ければいいと思った。
二つの時間の間で、しなやかに伸びていくセイをこの男たちは深く慈しんでいた。
– 終 –