未完成ロマンス 3

定期点検の予約をしていたカーディーラーに立ち寄って、メンテをしてもらってから大型スーパーに回ったころには、雨が降り出していた。
リカは買いだし済みだと言っていたが大祐は呑気にしていたので冷蔵庫が空っぽだ。休みの間を乗り切るための食材とビールなんかをあれこれと買い物かごに入れてレジに並ぶ。

ほとんどが家族連れが多い中でちらほらと見知った顔がある。目線だけで挨拶をすると、しとしとと降る中を車に荷物を積み込んだ。
こういう時、傘をささないのは慣れていても、荷物が濡れるのは不便だよなぁといつも思う。傘をさしていれば荷物が持てなくなるので矛盾しているのだが、リカと一緒のときは、彼女が傘をさすので荷物だけは濡れない時がある。

そこから、何となく感じるようになった。

こういうところにもリカの存在が影響するなんて、どれだけ彼女の存在が大きいか物語ってるみたいだ。

エンジンをかけて動き出す前に、携帯を触る。未読が増えていてメッセージを開くと、その間も彼女の時間が共有されていく。

『お買いもの、行ってらっしゃい。気を付けて』
『そちらは雨、まだ降ってませんか?こちらは風がすごい。風台風なのかな?雨が窓に叩きつけられてます』
『仕事の日じゃなくてよかった。こういう時は通勤が車の大祐さんがちょっとうらやましくなる』
『作ろうと思っていた、ちっちゃなポーチ作り始めました』

―― ポーチ?

はてと思っているとその後に、写真がついている。見慣れたローテーブルの上に、彼女の手書きの絵と布と、裁縫セットらしきものが映っている。
相変わらず、前衛的な絵にぶぶっと笑いが出た。

リカが作ろうとしているものの雰囲気はわかるが、いつかのウサギといい、絵が得意じゃないという彼女らしい。

『珍しいね。そういう手作りっぽいの』

それだけ送ってから携帯をしまって車を動かす。ものの5分もかからずに家に着くと、荷物を持って狭い官舎の階段を上がった。
すっかり濡れてしまった荷物を手早く片付けて、ようやく自分自身も着替える。一人だったころとは打って変わって、生活感のある部屋になったなあと思った。

さーっと吹き付ける風と雨の音がこんなにはっきり聞こえるのも珍しい。リカは時々窓ガラスに視線を向けながらテーブルの前に座っていた。
携帯は、ケーブルをつないだままで音楽と時々、メッセージの到着を知らせている。

大祐がいないときは、録り溜めた番組を見ることが多いが、今はぼんやりしていたくてかけていなかった。代わりに、作ろうと思っていた小物を入れておくポーチを作り始めている。

取材用のメモリーカードやケーブルなど、小さな電化製品がよくよくバックの中で迷子になるので、それをまとめておくものが欲しかったのだ。
化粧ポーチのようなもので代用しようかと思っていたが、たまたま目についた端切れが可愛くて買ってしまったのだ。
理想のサイズと形を紙に書いて、完璧、と満足を覚えてから作り始める。

元々、得意じゃないが、このくらいはできないとこれから困るかもしれない。

―― 大祐さんの方がうまいって、ちょっと情けないし

とはいえ、はじめからラウンド型などハードルが高すぎる。四角の形にサイズを測って切りそろえると端を合わせて縫い始めた。途中で大祐からメッセージが入ってくる。

「……手作りが珍しいってばれてるし」

このくらいは作れないと恥ずかしいじゃないの、と呟きながら針を置く。

『たまにはやるときもあるんです』

少しの意地と見栄をはったかなと思いながら、再び針を持ってちくちくと細かい目を刻む。こんなことをしようなんて以前なら思いもしなかった。相手にあわせているつもりではなくて、こういう事ができたらもっと楽しいとおもって動けることは大きな変化である。

今まで大事にしてきたのは仕事で、自分は二の次だったのにいつのまにか、それが変化して来ていた。仕事も大事ではあるが、自分が大事にしたいから、大事にする。大事にしなければいけない、というスタンスから変わった。

無理をしないことも少しずつ慣れてきた。それでも、たまにちらっとやってしまうことがあるけど、限界まで無理を重ねることはなくなった。

「私も、大祐さんと一緒にいるようになって色々変わったのよね」

傍にいないからこそ、口に出せる一言。こんな乙女全開の自分など恥ずかしくてとてもじゃないが、大祐には見せられない。
携帯から聞こえる音楽のフォルダも実は見せられないものの一つだ。

【一緒にききたいもの】
【一人用】
【仕事用】

仕事用は、仕事の時に気分を落ち着けたり気合を入れたりするためのフォルダで、大祐がいるときは一緒にききたいものの中である。そして今は一人用。乙女心全開の曲を聞いているなんてとても知られたくはない。

鼻歌交じりに半分ほど縫い進めて手を離すと、思いの外、まっすぐな縫い目がきれいにできた。

『ところで、お昼は?』

入ってきたメッセージをみて、慌てて時計を見るとすでに1時近い。朝からゆったりと落ち着いて過ごしていたのですっかり時間の感覚が狂っていた。
1日こんな風にやり取りを繰り返し過ごすのも悪くない。まるで子供のようなやり取りの応酬を繰り返しながら、時間を共有していく。

この連休を過ごせば、営業日で3日。うまくいけば木曜日の夜には松島で大祐に会っていると思うとひどく幸せな週に思えた。
家にいる間に、配達日指定の通販を注文する。出かけるときに着ていける服を注文してそれが届くまでも楽しくて仕方がない。

「稲葉さん、わかりやすすぎます!」
「は?」

珠輝を一緒に打ち合わせの後のランチでいきなり言われたリカが、かくっと首を傾ける。今日の打ち合わせではだいぶ加減したつもりだったし、そんなことをしなくても、リカが気になるところをだいぶ押さえてくれるようになってきていた。
そんな珠輝が何をと思ったが、ぶつけられた言葉に吹き出しそうになる。

「稲葉さん、女子オーラ高すぎです!」
「ごほっ!!何を突然言いだすの?!」
「だって!昨日も思ったんですけど!もう、なんていうか、ピンクのオーラに包まれてるんですよ。昨日も今日もカレーじゃなくて和定食食べてるし」

目の前のトレーを指されれば確かに、カレーではないけれどそれのどこが女子力につながるのか。

「関係ないでしょ」
「ありますよ!!大ありです。週末、空井さんのところに行くためにプチダイエットしてるでしょ!」

ぎくっ。
今度こそ、飲みかけた水が変な方に入って、盛大にむせてしまう。
今は、リカも“空井さん”なのだが、旧姓で仕事をしていることもあって、大祐の事は職場では空井で通っている。あーあ、と言いながらペーパーを差し出した珠輝が追い打ちをかけた。

「だって、稲葉さん。空井さんと一緒にいると食べ過ぎちゃうって言ってたでしょ?でも普段は相変わらずカレーが多いのに、今週は違うってことは、週末空井さんのところに行って、食べ過ぎちゃうことを考えて、減らしてるんだなってモロバレですよ」
「……そん……っなことはなくもないんだけど……」
「でしょ?それに、今週は新しい靴を慣らしに履いて来てるし!」
「そんなところまで見てるの?!」

確かに、ヒールはヒールでも、踵の太めの靴を買ったのだ。温泉とくれば山の方に行くだろうし、細いヒールで行くには不似合いだろうが、ぺたんこの靴で行くのもなんだか手抜きな気がした。そこで買ったばかりの靴を履いて2日目である。

「わかりますよ~。もう女子全開じゃないですか。どうせならスカートとかはいてったらどうですか?」
「えっ?!」
「ちょっと秋っぽくなってきたし、マキシワンピでも着ちゃうとか!それならちょっと寒かったら中にも上にも着られますよ」
「そ、そんな可愛い感じの無理っ!」

想像しただけで服装の上に乗る顔が珠輝にしかならない。だが、拳を握った珠輝に全否定される。

「駄目ですっ!稲葉さん、仕事の時はパンツばっかりじゃないですか。今みたいに女子オーラ高い時こそですよ!」

そこから、手持ちで職場にも着てきたことがあるトップスにあわせるならこうだ、ああだと珠輝に言われて、反論の余地もなく頷くだけになる。
箸をすすめながら、畳み掛けられるとそうしなければならない気がしてきて、困ってしまう。日頃、着ないだけに1日はそれでよくてもほかの日にあわせる服がないのだ。

投稿者 kogetsu

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