未完成ロマンス 4

フロアに戻ると、どさっと机の上にファッション雑誌が積み上げられる。
すべて珠輝の私物だが、ためらいなくこれ、これ、と参考になるページが破り取られた。

「何も破かなくても」
「稲葉さん、こうしないと今日、すぐに買い物に行けないじゃないですか。参考にしてくださいね」

いくらなんでもスカートやワンピースくらい持ってはいるが、それでも珠輝がいうような感じのものは持っていない。そして今日が水曜日とくれば確かに時間はないに等しかった。

「……珠輝、ありがと」
「どういたしまして!あとは稲葉さんに木曜日の夜に無事出発していただくだけです」

一見、淡泊で冷めているようにも見える現代っ子なのに、周りの恋愛事情には本当に親身になる。にこっとピースサインで仕事に戻った珠輝に感謝しながらリカも仕事に戻った。

珠輝のおかげで、無事に木曜日は定時に退社することができた。

「ごめんね。何かあったら」
「何かあっても連絡なんかしません!乗り切って見せまーす」

途中で遮られた言葉を飲み込んだリカは心配そうな顔を向けたが、阿久津にまでいい加減にしろと言われてしまった。

「お前なぁ。いいからさっさと帰れ!」
「ひどっ!もう……。わかりました。じゃあ、お休みいただきます」

ぺこりとフロアで頭を下げると鞄を手にして背を向けた。家に帰る足が浮足立つのを見られたらみっともない。
そう思っても足早になってしまうのはどうしても焦るからだ。

本当は家に帰って、シャワーして着替えてから行きたいところだったが、それはどうにも難しい。早く行きたい気持ちと、旦那様に会うのに、きれいにして一番の自分で会いたいというのはどうしても両立しないものだ。

「はぁ……。もう、馬鹿みたい」

気持ちだけが焦って、胸の中でじたばたしてしまう。いつもこうしてどちらも選べないまま、荷物だけを持って急いで東京駅に向かうことになる。

夕方、無事に定時に帰れそうだと思ったところで指定席の予約を取っておいた。駅についてすぐ発券すると、改札へと急ぐ。

『予定通り、これから新幹線に乗ります』

もう少しだけ余裕があると思って、追加を送る。

『何か、欲しいお土産ありますか?』

今更お土産でもないことはわかっているが、それでも浮かれているのはリカも同じだ。馬鹿なことを送ったかな、と思っていると、返事が返ってくる。
携帯をみて、思わずくすっと笑ってしまった。

『えーと、東京ばな奈?でなければ、普通の駅弁のおいしそうなやつ』

―― なんで今更?

そう思ってからそういえば新しいのが出ていたなと思う。
お土産に何がほしいかを聞いたのは初めてだが、答えが返ってきたのも初めてで、本当に、互いに初めて体感することがこんなに楽しいと思わなかった。

足早に土産物を売っているあたりに行くと、可愛らしいパッケージの新商品を手にする。

「これを」
「ありがとうございます!」

リクエストされたものを手にすると、次は駅弁だ。
一度はものすごいお弁当を話のタネに買って帰ったが、今度は普通の、と但し書きがついている。だが、ここ最近では各地のお弁当が東京駅でも買えるようになっていて、だからこそ、普通が難しかった。

おいしそうなもの、と、見た目が変わっているものを一つづつ選ぶと会計を済ませる。腕時計を見ればもう、10分くらいしか時間がない。慌てて新幹線の改札を抜けてホームに上がった。

2時間と少し。なるべく停車駅の少ないものに乗るリカには、このところ慣れてきた新幹線での決まったことがある。
それは2時間の間、なるべく一眠りすることだった。

大抵、前日の夜は支度をしていて夜更かしをしてしまう。マニキュアを塗りなおしたり、着替えを詰めたりしていればいつの間にかひどく遅い時間になるのだ。

だから、極力この時間は一眠りして、到着前に化粧室で顔を直す。そうすると少しだけ疲れも取れて、ましな顔になっている気がした。

今日もそうやって一眠りした後、化粧を整えたリカは携帯を見てしまったと思う。たくさんの未読が残っていた。

『……でも俺にとっての一番はリカだからお土産なんて、重かったらいいんだよ』
『いつも思うけど、こっちにも荷物置いたらいいんだよ。身一つで来てくれたらそれでいいのに』
『ごめん!思いついた!お土産に欲しいのは、リカのキスかな』
『では、時間より前には駅についているはずなので、改札前で待ってます』

「……お土産って、それもありなの?」

思わず一人で呟いてしまう。今更、と思い、アナウンスを聞きながら支度をして出口へと向かった。
大きなキャリーと、土産の紙袋、そしてバックを肩にかけて新幹線から降りる。中央口へのエスカレータを下りて、歩いていくと改札の向こうに背の高い姿が見えた。

にこっと笑みを浮かべて改札を抜けると一歩踏み出してきた大祐がキャリーと紙袋へと手を伸ばす。

「おかえりなさい」
「……ただいま?お土産、ちゃんとリクエスト通り買ってきたよ」
「本当?」

紙袋を覗き込んだ大祐が、ははっと笑い出した。本当にリクエスト通りの菓子と、駅弁をみて嬉しそうに笑った大祐は片手でそれらを持つと、もう片方の手でリカの手を握った。

「嬉しいな。行こうか」
「うん。久しぶりで来ると、やっぱり違うのね。こっちの方が少し寒い気がする」
「寒い?」

眉を顰めて繋いでいた手を離すとリカの肩を抱き寄せる。
大祐はまだTシャツ姿だけに自分の腕で少しでもと思ったのだ。大祐の腕の温かさを感じながらリカはちらりと見上げた。

「向こうよりは寒い、ってこと。まだ全然長袖を着るには早そうだけどね」
「でも、寒かったら教えて。風邪でも引いたら大変だからね」
「そんなに私、か弱くないわよ」

東京駅には比べ物にならないが、それでも仙台駅の中も人でごった返している。その間を縫って、車を置いている駅前のロータリーまで向かった。

投稿者 kogetsu

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