今日はいつも以上に荷物が多くて、大祐の車の後席には大きなキャリーがどかっと収まっている。
お土産はリカが膝の上に乗せて持つことにして、車に乗り込む。
ロータリー前の駐車場はいつもいっぱいだから、行こうか、と乗り込むとすぐに車を動かすのに、エンジンをかけておいて大祐がリカの方を見て、何か言いたそうな顔をしている。
「何?」
「我儘言っていい?」
急に何を、と思っていると、悪戯でも思いついたような笑顔がハンドルに手をかけたままこちらを向いていた。
「……お土産、ください?」
「え?」
お土産なら、と膝の上に視線を落としたリカの頬に大祐の手が触れた、と思った瞬間。身を乗り出した大祐が強引にキスを奪う。
「1つ目。ごちそう様」
「っ!!だ、誰かに」
見られでもしたら。
と、赤くなったリカの唇をぬるっと舌先がなぞる。
ほんの一瞬のはずが、しばらくぶりの甘さが名残惜しくてついつい、悪戯がすぎてしまう。夫婦だというのに、恥ずかしさでいっぱいになったリカは、視線を彷徨わせて大祐の肩を押し返す。
「もうっ!」
「だって、久しぶりなんだよ。奥さん」
「だ、だからって……」
人に見られるかもしれない場所でなんて恥ずかしくて仕方がない。
そんなリカを愛おしそうに見つめた大祐が、サイドブレーキを外した。ゆっくりと車が動き出して、気を取り直したリカが窓を開ける。
「やっぱりこっちは少し涼しくて、気持ちいい」
「そう?」
「うん。こっちには羽織れるもの、持ってきておいてちょうどよかったかも」
だからいつもより、荷物が大きくなったのだというとちらりと大祐がミラー越しに後ろの荷物を見る。
「女の人は大変だね。男はいざとなったら何でもいいからいいけど」
「ん。どっちにもってわけにはなかなかいかないね。もったいないし」
「持ってくるのが大変だったら、今度は宅配で送ったら?」
「それだってもったいないわよ!」
それでなくても、ついつい会う時のためにと服を買ってしまったり、こちらに置いておくのにちょうどいい、と思って買ってしまうことも多くなったのだ。
たわいない話をしながら車は通いなれた道を通って官舎のある矢本に向かう。
電車やバスを乗り継ぐよりははるかに早く到着すると、自分の荷物だからと意地を張るリカと毎度のやり取りが繰り返される。
「大丈夫だってば」
「いいからここの階段、狭いし大きい方のキャリーバックで来たんだから」
そんな問答をしながら階段を上がってようやく部屋に落ち着いた。
「もう、毎回素直に運ばれてよ」
「たまには荷物くらい運ばせてよ」
ふざけたやり取りを繰り返しながら、部屋に入ると、最近では大祐以上にリカの方が身の置き所がなくて落ち着かない。リカの部屋よりは狭いこともあって、荷物を置く場所さえ申し訳なくなる。
部屋の真ん中に大きなスーツケースを置いた大祐が好きにしていいよ、と笑った。
「リカの荷物でいっぱいの部屋っていいじゃん」
「私が落ち着かないんですってば」
ぶつぶつとこぼしながらキャリーを端の方へよせたリカはそれでも出し入れがしやすいように横にする。それはそれとして、土産に買った紙袋をテーブルの上から持ち上げた。
「ご所望の、東京ばな奈がぉーです」
「がぉー?!なにそれ」
子供の様に食いついた大祐に可愛らしいパッケージを差し出す。黄色のパッケージで有名だが、それは縞模様のパッケージにリボンの画までついている。
「もしかしてプレーンのがよかったかもしれないけど、今はこのキャラメル味と、バナナプリン味と、あとなんだっけ。チョコ味?かなんかが人気らしくて……」
差し出されたパッケージを見て目を輝かせた大祐がすぐに包装を開ける。中から出てきた縞模様の菓子にぶぶっと盛大に吹き出す。
「なにこれ!かわいいじゃん」
「んと、バナナプリンはキリン柄なんですって」
ぶはは、と笑いながら一つ食べていい?といって、早速、中から一つ取り出してみる。半分に手で割ると、リカに半分差し出しながらぱくっと口に入れた。
「んん!おいしい。これ、東京にいた時は東京土産を買って食べるってなかなかないでしょ?だからずっと食べたかったんだ」
「本当?じゃあ、プレーンのがよかったかな」
「ううん。全然いいよ。おいしいね。これ、冷やしたら萩の月みたいにもっとおいしいかも」
そう言って残りを冷蔵庫にしまって、代わりにビールを二缶持ってくる。目が輝いている大祐がひどく嬉しそうだ。
「いいね。こういうおねだり」
「そう?あと、お弁当ね。もう夜に行くとほとんどないんですって。山形の牛肉何とか……とか、牛タン弁当とか、そういうのをわざわざこっちに来るのに買うのもなんだからすごく困っちゃって」
結局、散々迷って、一つは東京弁当、もう一つは貝の形をしたものだ。それにも大祐が笑いながら手を伸ばす。
「なにこれ?!お弁当?」
「そう。やきはま丼だって」
「はまぐりか!これ。すごい。あけていい?」
「もちろん」
赤のネットをを外した大祐が蓋をあけるとご飯の上に蛤が乗っている。その傍に、リカがもう一つの弁当を開けて押し出した。
「こっちもおいしそう!」
子供みたい、と思いながらリカは大祐に好きな方を食べて、と差し出す。
ビールを開けた大祐が乾杯、と缶をもちあげた。軽い音をさせて二つの缶をぶつけると、先に食べるね?と言いながら大祐が箸を手にした。
二つの弁当と言っても、量もそれほど多くはない。互いに、つつき合いながらあれこれと言いあう。空になった弁当を前にくすくすと大祐が笑い出した。
「これさ。こんな風に遠距離婚してると、寂しいことも多いかもしれないけど、こうやって楽しいこともあるってことだね」
目を見開いたリカが、つられて笑い出す。なんて前向きな考え方だろう。
こういう人だから。
リカが変わって、周りも巻き込まれて。
ぎゅっと抱きつきたい衝動に駆られて自分でもどぎまぎしてしまう。
ん?と視線を向けられると今更のように動揺してしまい、慌てて立ち上がった。