「味見してみて?」
そう言われて、隣にたった大佑さんの手に握られたスプーンの先をちろっと舌を伸ばして舐めた。
自称、子供味覚の大佑さんらしい優しい味付けに、頷く。
「おいしい。お出汁がきいてて」
「あ、う、ん」
「大佑さん?」
何故だか妙に照れている意味がわからなくて顔を覗き込む。
自分から味見してって言ったのに、変なの、と思っていると、手の甲で額をこすっていてなんだろう、とますます気になる。
「どうかした?」
「いや!なんでもないから!」
差し出したスプーンを小皿に置いて、洗い物を始めた姿に首をひねる。
わからないことはわからないままにしておくのは気持ちが悪いのだか、追求されたくなさそうだったからそのままテーブルを拭くためにキッチンを離れた。
相変わらず、お互いに1人暮らしの部屋を行き来しているが、少しずつ荷物が増えた部屋はお互いの存在が自然になってきている。
キッチンに戻ったリカがお皿を取り出すと、視線を向けていないのにその器を受け取って、煮上がった大根を大祐さんがよそう。後ろに目でもついてるんじゃないかしら、とよく思うんだけど、それは内緒にしておいて、素直に受け取った。
「いいね。寒い時にあったかい大根って。一人じゃ1本食べられないんだもん」
「そういうけど、つくるとほとんどリカが食べちゃうじゃん」
「自分で煮た時と違うんだもの」
ぺろっと舌を出した私に、まんざらでもない顔をしているのを見ているだけで嬉しい。
大祐さんが二つづつよそったのに、食べている間に、いつのまにか一つがいつの間にかスライドしてくる。
「食べなよ」
「ありがと」
ご飯やほかの肉類は、どうしてか同じくらいの量になったらぴたりと止まってしまう。
朝食も、夕食も、大祐さんが一緒だといつもよりは食べている方なのに、それでも少ないと言われる。なのに、大祐さんが作ってくれるこれだけはいくつでも食べられる気がするのだ。
「ほらね」
「何?」
「ううん。これだけは好きだよね」
「そういえば、大祐さん。どっちかっていうと歯ごたえのある方が好き?」
はたと気が付くと、大祐が好きなものは、何だっけと思う。
柔らかい大根を箸で割りながら大祐さんの顔を見る。
「なんでも好きだよ。おいしければね」
「おいしければって、大祐さん、なんでもおいしいって食べるじゃない」
「そりゃそうだけど……」
私がうまくできても、失敗してもおいしいと言って食べてくれるんだから、仕方ないなぁ、と思いながら、ありがたく完食させていただいた。
お礼に私が後片付けをして大祐さんの隣に座ると、よしよし、と頭を撫でられる。
「今日の大祐さん、なんか変」
「そう?」
「うん。私、弟しかいないからなんかちょっとくすぐったい」
ふにゃっと緩んでしまう自分が時々恥ずかしいんだけど、それも許してくれるから気が付けば甘えそうになる。
そうだ、と思いついて、立ち上がった。
コーヒーを淹れにキッチンに立つと、マグカップを用意しておいて冷蔵庫から生クリームのスプレー缶を取り出す。最近、コーヒーショップのクリームを入れたものが気に入っていて、家でも作るために買っておいた。
ホットコーヒーの上に生クリームを乗せて、さらにシロップを少しかけて見た目もなかなかおいしそうにできたカップを持って大祐の傍に戻る。
「ちょっと最近、ハマってるんです」
「うわ、なにこれ」
「コーヒーショップで……って、基地にはないか」
「ないよ。空幕の時は別な建物の中に入ってたけど、なかなか買いにいくなんてなかったし」
確かに、買いに行ったとしてもマグカップで飲むことはほとんどないからトッピングされた状態はあまり見ないかもしれない。
「フロアにはコーヒーがあるんですけど、最近は会議が多くてブラックばっかり飲んでると疲れてきちゃうんです」
「そっか、甘いものって脳にいいんだよ」
「そう思う?飲んでみて」
大祐さんが一口飲むのをついつい、じっと見守ってしまう。その反応が見たくて待っていると、甘いと思って口にした大祐さんがあれっという顔になる。
「甘くない??」
「ふふ。驚いた?」
「え?だって、生クリームだよね?」
「そう。これ、甘くないの。だって、こんなの、本当に甘いのを飲んでたら大変ですよ」
毎日、生クリームいっぱいのケーキを食べているようなもので、あっという間に太ってしまう。シロップがかかっていても、言うほど甘くないのだと言いたくて、指先に少しだけ自分のカップから生クリームをすくってみる。
「これ、甘くない生クリームでしかも低脂肪なの。だから」
「どれ」
「あ」
自分で舐めるつもりで掬い取った生クリームを大祐さんがぺろりと舐めた。
「ほんとだ。甘くないね。……リカ?」
「あ、う、ん。はいっ」
「どしたの?急に」
ぶんぶんと頭を振って、なんでもないと言うしかない。
―― 驚いた。心臓飛び出すかと思った……
ほんの一瞬、ぺろりと指先を舐められただけなのに、なんであんなに色っぽいのかな、大祐さんって。
「どうしたの?」
「……さっきの、大祐さんの気持ちが分かった気がする」
「ん?」
不思議そうな顔で覗き込まれるとますます恥ずかしくなる。
こういうときだけは鈍くていいのに、予想に反して大祐さんは意地の悪い笑みを浮かべた。
ひょいっと抱き寄せられると、耳元で私が一番弱い声が囁く。
―― リカが一番おいしくて甘いよ
ああ、もう。
それは味覚じゃないから!