街角グルメと言っても時には意外なものを取り上げることがある。
今日もそんなひとつで、よく縁日などで見かける飴細工だ。
「さて、今日の街角グルメは誰でも一度は縁日で手を伸ばしたことがある。飴細工をお届けします」
本番前のテストのために、マイクを持ってふりから入る。
店先から奥行きの浅い店内に入ると、カウンターのところで背の高い椅子に寄り掛かるような格好で、店主が手早く棒の先に着けた飴を形作っていく。
「うわ、すげぇ」
思わず口に出しちゃうわけよ。俺もさ。
手の中で出来上がったのは可愛らしいイルカだった。
どうぞ、と差し出された稲葉が嬉しそうにそれを受け取る。
「いいんですか?」
「ええ。見本だと思って。本番は何がいいですか?あ、そちらのアナウンサーさんもよろしければ何か」
そうだなぁ、と考えてから本番は兎でお願いしてみる。
「なんでよ」
「だって、お前『稲ぴょん』なんだろ?」
にやりと笑った俺を即座に拳でぶつ真似をした稲葉は頬を膨らませているのに、飴だけはしっかり持っていた。
これから本番なのにどうするのかと思っていたら、店主が袋をかけてくれる。あとで召し上がってください、という何とも配慮の行き届いたことである。
それから、坂手さん達がスタンバイして、本番が始まる。
「街角グルメ!今日は、誰もが懐かしい。飴細工のお店に来ています」
どういう作り方なのか、温めた飴を箸の先にうまい具合に着けると、真っ白な飴を糸きりばさみのような小さな鋏を器用に使いこなして、形を整えていく。
あっという間に白いウサギが出来上がって、食紅を使って、耳と目とが描き加えられる。
「すごいですねぇ。こちらの飴細工、定休日は不定休なので、お近くにいらしたときにはぜひ!街角グルメでした」
カット、の声で本番が終わると、出来上がったばかりのうさぎを差し出される。
真っ白なウサギが前足を伸ばしていて、耳と目が赤い。
「食べても?」
「もちろんです。でも男の方には甘いかな。飴ですから」
ぱくっと片方の前足の先を口に入れる。
―― 甘い
男が口にしていて可愛いものでもないが、うまいことはうまい。昔の飴の味と言うやつだ。
「なんか、あんたがウサギって可愛くないし、なんだかムカつく」
そう言った稲葉は、店主にあのう、こういうのできませんか、と携帯を何やら見せている。
どこまで似せられるかわかりませんが、と言って、店主が熱い飴を適量、手にすると箸の先につけて、ちょいちょいっと再び形を作り始めた。
―― 見なくてもわかるよ。まったく……
あっという間に飛行機の形になったそれに、食用の色素で水色が塗られていく。
「あ、すごい。似てます」
「ちょっとその写真だと似せるのが精一杯ですみません」
大きな素材があればもう少し近づけられるんですけど、と恐縮する店主にいえいえ、と言って、結局稲葉はそれを買ったらしい。
持ち帰り用に、と紙袋に入れてもらったそれを大事そうに抱えていた。
「お前さ、仕事中に彼氏に土産ってどうよ」
「かっ!!彼氏じゃないよ。自分にだから!!」
―― 嘘つけ。どの口がそういう嘘をいうんだか
誰がみても、それは飛行機馬鹿という彼氏のためのものだろう。そのために自分がもらったイルカにも手を付けてない。
俺は、ちびちびとうさぎを舐めながら車に乗り込んだ。
やれやれ、と窓の外を見ていると俺の手を稲葉がぐいっと掴んだ。
「頭はまだ食べてないでしょ?」
「あ?あぁっ!お前!!」
かぷっと一口でうさぎの頭が食べられてなくなった。おいしい、と言っている稲葉の口の中に消えたのだ。
確かに食事をシェアできるとはいえ、こういうものは彼氏以外とそういうことをするなよ!何考えてるんだ、あんたの彼女は!
脳内で、空井君に文句を言ってみても、隣に乗った稲葉はどうだと言わんばかりの勝ち誇った顔で飴をなめている。
「……もういい。これやる」
「いいの?ありがとー。やっぱり街角グルメは食べてみないとね」
―― 俺の頭の中まで飴細工のように勝手にいじるんじゃねぇよ
ため息をついた俺のことなどお構いなしに、うさぎは化粧気の薄い口の中に消えて行った。