あれからどのくらい時間が過ぎたのかわからなくなるほどではないくらい。
毎日忙しくしていれば、胸の痛みからは解放されているのに、ふとした瞬間に空を見上げるとやっぱり今でも胸が痛い。
―― いつか何も思わなくなる日が来るのかな
その日が来るのが待ち遠しいような苦しいような気がする。
『空井です』
留守電に残る声を時折繰り返しては、目を伏せて思い出す。
自分に向けられた笑顔を思い出すよりも、泣き顔や、怒った顔や、誰かと笑っている顔の方が多いことが切なくなる。
ぱち、と携帯を閉じたリカは、仕事しよ、と呟いて黄色のボールペンを手に取った。
もう何度も芯を交換して、少し傷ついたけど、それが勲章のような気がする。
同じころ、リカのすぐそばの席から一つのメールがとんだ。
いつも同じ、毎週、毎週、欠かさずに繰り返されるメールだ。時には間が空くこともあるが、そんなときは相手から急かされるからついついこの何か月の間も続いてしまった。
珠輝は携帯を閉じた後、ため息をついてリカの後姿を眺めた。
その視線を遮る様に椅子を滑らせた藤枝が目の前に移動してくる。
「何、珠輝ちゃん。いつもの?」
「そうなんです。もう、私いつまでこんなことをしてるんだろ」
ふっと藤枝が笑いながらコーヒーを口にする。
あの時、リカにはもう会いに来るなとメールをしてしまったと飲んだ時に聞いた。
“私、稲葉さんのこと、別に特別好きでも嫌いでもなかったんですけど、なんか可哀そうだなって。私も、空井さんのこと、フロアでよくしゃべってたし”
「俺、珠輝ちゃんのこと見直したのになぁ~」
「そういう藤枝さんはどうなんですか?」
「俺?なんで俺?」
「この隙に稲葉さん、奪っちゃえばよかったのに」
あのねぇ、と言いながらプラスチックのカップの端を軽くくわえる。
そんな想いがなかったわけではない。きっとそんな隙もあるにはあったのかもしれない。
だが、そうしなかった。
「報道キャスター目指す俺としてもね。いろいろあんのよ」
藤枝にも自分なりのプライドがある。もし、そんな日があったとしても、それは、自分がきちんと前を向いて進んでこそだ。
ふうん、と相槌を打った珠輝のもとに、お決まりの返信が帰ってくる。
“いつもありがとうございます。来週もよろしくお願いします”
「あーあ」
そのメールを藤枝に見せると苦笑いを浮かべて、珠輝の肩をたたいて行った。
「っと。よし」
小さなメモにメールで届いたスケジュールを書きとると今度は携帯のスケジュールに次々と移していく。
こうして、毎週リカの担当する仕事を教えてもらって、家に帰れば全部録画予約をしていた。
一時は、ほとんど映らなくなったクレジットにも最近は少しずつまた名前が出るようになっているのを見ると、ほっとするのと同時に、リカが頑張っているんだと思う。
まるで画面の向こうにあの意志の強い横顔が見えるようで、何度も繰り返してしまう。
「もう少し……。もう少しだけ待って」
広報室にいられる間に、空井は自分が立てた企画をどうしてもやりたかった。
胸を張って、リカに見に来てほしいといえるような大きな企画はいまだにまだ進んでいない。
自分に残された時間はそれほど多くはない。その間に、どうしてもリカを呼べる企画をものにしたかった。
緑色のボールペンを手にした空井は、イーグルに向かって小さく呟く。
「ごめん。……もう少しだけ」
――end