「佐藤さんって意外とまじめなんすね」
確かそんなところから始まった気がする。
俺はいつも坂手さんとペアを組んで取材に出る。情報局担当の俺らは、こうしてよく一緒に取材に出た。
「ちょっと、大津君、意外とはないでしょー」
いつも明るくて、ちょっと軽くて、そんな佐藤さんが本気で言い返してきたから俺はちょっと申し訳なくなって、すぐに謝った。
「大津君には私なんかちゃらちゃらしてて、軽い女だって見てるかもしれないけど、やるときはちゃんとやるんです」
「いや、そういうわけじゃ……。すんません」
馬鹿にしていたわけじゃないけど、今までの取材の時に稲葉さんにくっついてきたところを見ている限りは、あながち間違ってないと思うけど、ここんとこの佐藤さんはマジで、まじめだった。
稲葉さんにくっついて半年たってから、ディレクターを任されるようになって。
基本は、稲葉さんがメインディレクターだけど、チーフになってからは企画を立てるところから佐藤さんが任されるようになっている。
今日は鯛焼き屋の取材だ。
最近は、生クリーム入り、とか、チーズ入りとか、いろんな味が作られてて、しかも真っ白な鯛焼きとかもあったりして、人気らしい。
「うーん、うまくいかない」
佐藤さんは、大きな鯛焼きの箱に種類があるとわかる様に扇型に鯛焼きを並べてはうーん、と唸っていた。
「やっぱりしっぽが上かなぁ。……逆かなぁ」
買い上げるのは決まってるけど、何度も手で触って上下に並べているのはちょっと見てて気持ちよくない。
「どっちでもいいじゃないすか。食べ物、あんま触るのってやめた方がいいっすよ」
「どっちでもよくない!ちゃんとお店の商品は映してあげないと駄目でしょ」
女子っぽい高い声で言い返してくるから、俺はキャップを掴んでさっさとその話からは逃げ出した。
例え映らなくても食べ物だしって思ったけど、それをわかれって言っても無駄だよな。
その時の俺はそう思ってた。
「珠輝。1つ買った時に入れる奴あるでしょ」
黙ってみていた稲葉さんがふわっと空気のように動いた。箱買いじゃなくて、一個とか買った時にくるまれる紙をもらうと、初めに片面を斜めに折り返す。
ここにいれて、と言って鯛焼きをはさむ。そこで、店主から味がわかる様にするためのシールを何枚か貰う。
鯛焼きの姿全部は入らなくなったが、その上に味のシールを貼っていくと、確かにいろんな味があるのが一目でわかる。
「これでどう?」
「すごい。さすが稲葉さん」
ぱちぱちと拍手をしている佐藤さんは、素直なのかなんなのかよくわからない。
普通、もう少し違う反応しそうだけど、この二人の先輩後輩は仲がいいのか悪いのか、日頃からよくわからないから男の俺には口出しできないのだ。
「じゃあ、これで!おねがいしまーす」
坂手さんはいつものように、佐藤さんをお嬢ちゃん、って呼んでるけど、稲葉さんが仕込んだだけはあるって結構認めてる。
当面は、こんなやり取りをしながらいくのかな、なんて思ってた。空自の取材が無くなってから、特に、稲葉さんは坂手さんが気にするくらい、見てて痛々しかったけど。
撮影が終わってから、佐藤さんは鯛焼きを全部買ってた。撮影用の分だけじゃなくて、その倍を。
「そんなに買わなくっても」
「いいんです。これ、フロアへのお土産だし、お店の方にもお礼をかねてです」
きっぱりとそう言った佐藤さんを見て、あれ、ちゃんとわかってたのかなって、ちょっと俺は後悔した。
そんな時に、バレンタイン特集ってのがあって、女子にとっては楽しみなんだろうけど、正直、男にとっては恐怖しかないイベントの取材はとっても疲れた。
「おう。お前もらうアテ、あんのかよ?」
「ないっすよ、そんなの」
「だろうな。俺も子供から義理チョコもらうくらいでこんなたっけーの、もらったことねぇよ」
「奥さんはくれなかったんすか?」
―― あ。地雷
「うっせぇ!」
ばかっとまた後頭部から殴られると思った俺は、反射的に屈みこんで一撃を交わした。空振りに終わった坂手さんの一撃は、おまけのように手の甲だけ俺の額を打つ。
「いてっ」
「うちの嫁はなぁ。手作り派なんだよ。お前もも一つや二つもらってみろ」
んなわけないじゃないか。
坂手さんは、恐妻家で有名なのだ。俺にだって、いっつもこぼしてくせに、なんだかんだと言っても奥さんを大事にしてるらしい。
やれやれと肩を竦めて周りを見回すと、佐藤さんの姿がない。デパートの地下は特設コーナーでにぎわっているが、俺達が居るのは人の流れから外れた階段の傍だ。
「あれ……」
稲葉さんはさっき、トイレに行くって消えたけど、女子二人だから連れだってトイレかな、と思っていたら、階段を半階分上った陰にある、休憩椅子に佐藤さんが座ってた。
俺は二段抜かしでそこまで上がってからびっくりした。
「……あ。なんかあった?」
化粧が落ちないようにハンカチで顔を押さえてたけど、どう見ても泣いている。
仕事中に泣くなんて思わなかったからますます驚いて目を丸くしてしまった。だから、その勢いでついため口で話しかけてからしまったと思う。
「……稲葉さんが戻ったら、私が泣いてたって絶対言わないで」
「言わないけど……」
「なんか叱られたんすか」
ずずっと鼻をすすった佐藤さんが首を振った。
「あたし、馬鹿だから考えなしに、稲葉さんもあげたらいいのにって言っちゃって……。空を見上げられるようになったらねって言わせちゃって……苦笑いを浮かべてたけど、稲葉さん、きっと泣いてる」
ああ、そういうことかって、俺にもようやく分かった。
俺は鈍いからわかんなかったけど、佐藤さんも坂手さんも、周りにいた皆は稲葉さんが、空自の空井さんの事を好きだってわかってたらしい。
やきもきしながらも、お互い好きあってるみたいで、うまくいくといいなって応援していたのに、色々ありすぎた。
あれ以来、誰も稲葉さんに空井さんの事はふれなくなったのに、バレンタインなんて話題で稲葉さんの急所をついちゃったらしい。
なんて言っていいかわかんなくて、俺は佐藤さんの隣にちょこん、と腰を下ろす。
「あたし、わかってたのに……。稲葉さん、まだ空井さんの事、全然忘れてなくて、ずっと苦しんでるのに」
「俺。そういうの、わかんないけど……。稲葉さん、きっと普通に話してよかったんだと思う」
「そんなことない!」
ばしっと言い返されたけど、俺はなんだか、どっちも優しくて、可愛い人だって思えて、もう一度繰り返す。
「あるよ。きっと、皆腫れ物に触るみたいに話しないから、誰にも話せなくなってるけど、佐藤さんがそうやって話してくれて空井さんの事、話せてうれしかったんじゃないかな」
ばし。
俯いてしまった佐藤さんの右手が俺の肩をぶった。
何度も何度も打ってきたけど、全然痛くなくて、俺はかぶっていたキャップを脱いで、佐藤さんの頭にぽん、とのせる。
「貸す」
ずずっと鼻をすすった佐藤さんが、小さく、ありがとって言ったのが聞こえた。
「俺、いつでも話聞くだけならできるから。泣くより話したほうが……いいんじゃないかな」
「……ありがと」
「うん……。ほんと、いつでも聞くから」
「うん」
結局、稲葉さんが戻ってきて、佐藤さんが泣き止むまで、そのままずっと馬鹿みたいに繰り返してた。
いつでも聞くからって。