槇三佐は、この部屋の隠れたポイントガードだ。
実は稲葉さんがこの部屋に来た時、一番先に気にかけていたのも槇三佐である。実は自分はガツガツ、という表現を聞いていたから、片山一尉と空井二尉が問題を起こさないよう、フォローに回るつもりでいたからそんな余裕がなかった。
「また、柚木三佐!足を広げて座らない!」
「うっさいんだよ!この風紀委員!」
視界の隅で槇三佐が柚木三佐の椅子をグイッと押し込んで、足をおっぴろげて座っていた柚木三佐の足が机の下にかくれてしまう。
おっさんな柚木三佐にも困りものですが、私が見るに槙さんが風紀委員になるのは柚木三佐限定なんですよねぇ。
「だったら言われんでもそんな恰好せんでください!」
それでも槇三佐が柚木三佐のほうへと少しだけ体が向いているのはいつものことだ。
だから、きっと槇三佐からすれば柚木三佐の足が視界に入って、落ち着かないのだろう。
本当は柚木三佐は非常に姿勢のきれいな人だ。
スタイルもいい。
あのおっさんっぷりがなければ、確かにこの広報室でももっと違ったかもしれない。
碓氷先生の連載が乗った雑誌を広げていた片山三佐がグラビアを眺めてうーん、と唸っている。
「可愛いっ」
「どれどれ?」
覗き込んだグラビアは、可愛い猫のコスプレをしたアイドルがにゃんっとポーズをとっていた。
「可愛いですねぇ」
「可愛いよな」
「なんていうか、こう、可愛さが溢れてますよね」
浮かれていた僕らの後ろを槇三佐が通りかかる。片山三佐がそれを見せると槇三佐が、ああ、と呟く。
「可愛いっすね」
「なに、まっきー。その愛想のない相槌」
「ほかに何があんの」
ばさっと机の上に手に持っていた雑誌を置いた槇三佐が座って椅子を回すのも左側だ。
「碓氷先生の資料、そろったの?」
「あれは空井にやらせてるからさ」
「少しは手伝ってやれば?結構な数あんだろ?」
ひらひらと片山三佐が手を振って、いいんだよ、あいつにやらせておけば、と言う。
確かに量が多いのだが、密かに片山さんからは、空井二尉の面倒を見てやってくれと言われている。空井二尉の資料の集まり具合によってはそろそろ手伝うつもりでいるのだ。
「それより、まっきー。いいの?高射隊の訓練、柚木三佐一人で行かせるのかよ」
「……俺には何の権限もないよ」
「そうかもしんないけど……」
このところ、訓練の準備にあたりながらも柚木三佐がピリピリしているのは周りでもよくわかる。片山三佐もなんだかんだと言って、気にしてはいるのだ。
「あのおっさん、雑だからさ。もう少し気が回ればねぇ」
「柚木三佐は雑じゃないよ。むしろその逆。あの人は、細やかで気が回りすぎるから。そのグラビアよりよっぽど可愛い」
こんな時、茶化すはずの片山さんは聞こえないふりでずるずるっとカップラーメンをすすった。
本当は、廊下にさっき出て行ったはずの柚木三佐がタオルを持って立っていることを気づいていたのはきっと、僕と片山さんの二人じゃないだろうか。
あの優しい槇三佐の声を。