その匂いに気づいたのは、僕じゃなくて、室長が先だった。
「あちこちで色めき立ってるねぇ」
「そうですねぇ」
昼休みに鷺坂室長とコーヒーを飲む。くん、と鼻を鳴らした室長がいろいろあるねぇ、ともう一度呟いた。
「なにか?新しい豆、使ってますけど」
「いや。こっちはちょっと大人の香り。こっちは若々しい。いいねぇ。華やかなことがあると活気も出てくる。人を思いやることもできる」
「大人……?若々しい……」
その場は意味が分からなくて、室長が部屋に引き上げた後もはて、と首を傾げていた僕の脇を槙さんが通って、あれっと気づいたんです。
「槙さん、香水、つけてます?」
「えっ?……あー…。片山には内緒で」
「え、ええ。もちろん……」
その時の槙さんは、少しスパイシー系で落ち着いた槙さんにしては男っぽい香りだった。なんと、この男所帯で香水を漂わせているとは、と思ったが、かすかだったから気づかなかったのだ。
外部の人と接する機会が多い広報だから、それも身だしなみと言えば言えなくもないが、気を付けていると、どうやら槙さんが香水をつけているときは柚木三佐とデートをした翌日らしい。
―― それは、室長も大人の香りだっていいますね
にやりと二人を見て笑いそうになってしまいますが、堪えてなんぼ。
そしてかたや、隣の席で跳ねるように立ち上がった空井二尉は、どうやら稲葉さんが来る直前になると、自分が汗臭くないか、チェックした後、若い男性らしく名前は知りませんが、柑橘系なのか、グリーン系なのか、確かに若々しい香りがする。
「なあ、比嘉」
「なんでしょう」
「なんか、最近、この辺……、いいニオイしねぇか?」
―― ええ。してます。とある条件によって、とある状況下に限定されるわけですけど
香り、と言わず、ニオイ、と言うあたりが片山さんの残念なところですが、二人のためにもここは人肌脱ぐしかないでしょう。
「こんな男臭い職場ですからね。来客や、取材の時に、失礼のないように皆さん、気を使って部屋も臭くないようにしてるんですよ」
「あ、そう。まあ、俺様くらいになると?ワイルドな匂いでどんな女子もイチコロだけどな!」
「はい、イチコロに逃げちゃいますからそんなこと言っちゃ駄目ですよ?」
そう?そうなの?と食いついている片山さんの後ろで昼休みの終わるチャイムが鳴った。
慌ただしく戻ってきた空井二尉からはふわりといい香りがする。
……今日も稲葉さんが、やってくるわけですね。