「冴島さんってサプライズとか嫌いじゃないですか?」
「なぁに?急に」
川名が休みで、久しぶりに揃って勤務になった雪村が、不意に口を開いた。
カルテを見ながら、運ばれてきた薬をそれぞれトレイに振り分ける。お互いに手は止めないままでそんな話をしていると、軽い音をさせて椅子を転がした藤川が近づいた。
「何?何の話?」
「うるさい」
「……ハイ」
ぴしゃりと言い切られてしおしおと椅子を転がして戻っていく藤川を冷ややかな目で見送る。冴島に対するものと全く違う対応に、周りがくすくすと笑った。
「それで?」
「あ……、いえ。大した話じゃないんですけど」
「うん、いいじゃない。大したことない話」
藤川に対する態度だけは相変わらずだが、冴島は随分あたりが柔らかくなったと思う。
一時は、同情されているのか、まだまだだと思われているのかと、反抗した時期もあったが、時間を置いてみるとそうではないことに気付く。
「サプライズって、嫌ですか?」
「うーん。そうね。そういう時もある」
「そういう時?」
雪村が並べたものをチェックしていた手が止まる。首を傾げた冴島は、少しだけほろ苦く笑った。
「ほら、なんか、ただ驚かせようとするやつ?あれは好きじゃないかな。フラッシュモブだっけ?一時はやったじゃない、あれでプロポーズするやつ。ああいうのは好きじゃないかなぁ」「わかります。なんか、ああいうの、すごく自己満足って感じで嫌い」
ひどく嫌そうに首を振った雪村は、何やら不愉快な目にあったのか、頭に浮かんだことを追い払うように吐き捨てた。
「なんかあった?」
「何かっていうか……」
学校時代の数少ない友人の間で、誕生日が近い友人がいてその子の誕生日にサプライズをしようという話が始まった。
ただ遊ぶために集まって、そこからお店に誘導して、誕生日プレゼントを渡すという話を周りが盛り上がっているのを見て、つい口から出てしまった。
「馬鹿じゃない?そんなことするならプレゼントだけでいいじゃない」
「でもせっかくだし、みんな忙しくてなかなか会えないじゃん?」
「自分たちが会いたいからサプライズするの?それ、祝う気ないでしょ」
ぴしゃりと言い切ってしまった雪村に困ったように顔を見合わせた。やってしまった、という気持ちはあったが、言ってしまったことは変わらない。
気まずそうに一人が口を開いた。
「そうだよね。そういうんじゃないかって思ったから双葉のはやらないし、もっと言うと誘わないって話もあったんだけど、仲間外れみたいでそれもどうなのって思ったから声かけただけで……」
気を使って声をかけただけで、嫌なら参加しなくていい、というあからさまな空気にグループ通話からさっさと抜けてしまった。
「そう。悪気があったわけじゃないんでしょうけどね」
「悪気がなければなんでも許されるわけじゃないですよ。いい年した大人がすることじゃないですよ」
「うーん。いい年した大人だから、なのかもねぇ」
「はぁ?そんなの頭悪くないですか」
言葉を選ばない雪村に冴島は、表情を変えずに淡々とたしなめた。
「頭のいい悪いじゃないよね。その言葉はよくないよ」
「……それは、キツイこと言ってるかもしれないけど」
「キツイ、きつくないじゃないよね?色んな人がいるし、わからないことをそんな言葉で切り捨てても、雪村さん自身が面白くなかったことはなくならないから」
叱られていることに少し遅れて反応した雪村は、何度も口を開きかけて黙った。
「……そうですね。私がそのくらい笑って協調とかしてればよかったんですよね」
「無理に合わせることはないんじゃない?苦手なら苦手でいいと思う」
それだけ言って、冴島は雪村の肩をたたいてから離れていった。そこにすすっと横峯が近づいてくる。
「ねぇねぇ」
「何」
「今の話さぁ」
勝手に聞いていたのかと、不機嫌そうな顔になった雪村を気にすることなく、隣に立つ。
「あのー、雪村さんのお誕生日の話は出なかったの?」
「でるわけないでしょ!」
「それさ。なんか本当は雪村さんのお誕生日もやりたかったんじゃない?」
「はぁ?何言ってるの?」
突き放すように言って、その場を離れようとするが、横峯はその後ろをついて歩く。
「だってさ。悪気があるとかどうとかじゃなくて、なんていうの。本当は雪村さんのお誕生日もお祝いしたかったけど、嫌いかなって思ったから、誘って様子見たかったんじゃないかな。それでプレゼント何がいいか探るとかさ」
むっとしたまま足を止めた雪村は、ぶつかりそうになった横峯を振り返った。
「別にプレゼントとか欲しくないし!」
「そうかもしれないけど!そうかもしれないけど、お祝いしたかったんじゃないかな。だって……」
「そんな義理みたいなお祝いされて嬉しい?」
そういう事じゃなくて、と言いそうになった横峯の悲しそうな顔に背を向けて歩き出した。
腹が立つことを思い出したせいで、片っ端から仕事を片付けながら、廊下の隅で足を止める。
サプライズなんて嫌い。
喜ばないといけないし、そんなはしゃいでる自分なんてありえないし。
そんな事する人、誰もいないし……。
「雪村さん」
冴島が近づいてきて、我に返る。
「はい」
「今日、日勤だよね。お昼後でもいい?」
「どっちでもいいです」
「ありがとう。じゃあ、先に行くね」
立ち止まっていたのはほんの少しの間で、雪村も医局に足を向ける。その雪村に向かって、横峯が小さな紙を差し出した。
「これ。あげる」
「は?」
小さなカードは売店に売られているもので、チープだが可愛らしいものだ。
『サプライズ券』
手の中にあるカードに書かれた文字をみて横峯に突き返す。
「何これ」
「サプライズ券。あげるから。いつでもいいから使って?やってほしいサプライズがあったらなんでもやってあげる。あ、なんでもって言っても、そんな高いのとかできないけど」
「小学生?!」
「いいじゃん!雪村さん、されたことないんでしょ?だから、いつか、気が向いたら使ってみて。そしたら嫌なこともそうじゃないかもしれないし!そういうのがわかるから」
口をへの字にした横峯がそういって、ぱっと背を向けていった。
仕方ない。捨てるのもできないし。
そう思ってポケットにしまった。
半月ほど後、ようやくお昼にいける、と軽くスキップしていた横峯の前に雪村が仏頂面で立った。
「ん?なに?」
「これ」
ぬっと差し出された紙をみてにこっと横峯は笑った。
「あ!使う?それ」
「サプライズ、もうされた」
「えっ?」
結局、雪村は友人たちのサプライズには参加せず、個別にプレゼントを送った。お礼を言われたが、それだけで逆にほっとしたものだ。
雪村の誕生日近くに、その友人に呼び出された。
「双葉、これ。誕生日プレゼント。私だけじゃなくてみんなからね」
「えっ」
「この前、由香たちに会ったんでしょ?私もプレゼントもらったんだけど、その時にみんなで選びに行ったの。双葉はこういうの嫌いだっていうだろうから意地でも喜ぶもの探そうって」
そういって、プレゼントは一つではなく、皆が出し合って、肌触りのいいパジャマや腕時計、ドリンクボトルなど、色々なものが入っている。
「サプラーイズ!」
誰もしないと思っていたのに。
大きな紙袋の中にはみんなからの誕生日カードも入っていた。
「だから!サプライズはもうされたから!」
「よかったね!!すごい。よかった!!あ……、じゃあ、もう、これ、いらない?」
「ランチ!」
「えっ」
口をへの字にしてカードを突き出す。
「サプライズ、今からして。ランチ、これからでしょ。お昼くらいおごってよ」
それを聞いた横峯は満面の笑みを浮かべて髪をくるくると指に絡ませた。
「え~。どうしよっかな~」
「不満なの?!」
目を吊り上げた雪村の腕にするっと手を回す。
「だって、ランチだけじゃつまんないでしょ?ね、今夜どう?」
くいっと手を上げた横峯の腕を振り払う。
「今夜は夜勤」
「じゃあ明日!ほら、名取とか灰谷もさそってさ!」
「えぇ?!嫌」
「じゃあ、冴島さん!」
「もっと気を遣うでしょ!!」
「え!なに、私にはもう気を使わないってこと?仲良しってこと?ねぇねぇ」
……二人が騒ぎながら歩いていく後姿を見ていた名取と灰谷は顔を見合わせた。
「あいつらってさ。仲いいの?」
「さぁ……。でも、仲良かったらいいね」
「しらね」
呆れたように名取はそういって、携帯の画面を見る。ニコッと笑った灰谷は名取の傍に近づいた。
「ねぇ、僕らも飲みに行こうか」
—-end