ぱち、と目を開けた白石は、背後から聞こえる寝息をしばらく黙って聞いていた。
しばらくして、そっと腕を外してベッドから滑り出た。起こしていないことを確かめてからそっとバスルームに向かう。
朝方は勝手に使うのも気が引けていたが、聞いても仕方がないと思って勝手に使うことにした。棚から新しいバスタオルをだして、手早くシャワーを使う。
バスルームから戻っても、起きる気配がない。
―― こんなに疲れてるのに……
きっと二日休むなんて、すごく久しぶりだったのだろう。それも呼び出しがあってろくに寝ていないはずだ。
髪を拭いて、ドライヤーは起こしてしまうからとタオルを肩にかけたまま、ベッドの傍に座った。藍沢の寝顔を見るのはすごく久しぶりな気がする。
「……」
ベッドサイドのテーブルには携帯が置いてあって、いつも、こうして過ごしているんだろうなぁと思う。
「……すごく長い時間一緒にいたのに、結局、あんまり知らないのよね」
たくさんの時間を一緒に戦ってきて、急に縮まった距離感になかなか慣れずに戸惑うことも多い。
そう思うのに、藍沢は軽々とそれを飛び越えてくる気がする。
このまま寝かせておいて、時間になったら静かに帰ったら怒るだろうか。
でも、少しでも寝かせておきたい。
そんな風に思っていると、携帯が光った。はっと、頭をあげて一瞬、手を伸ばしかけて止まる。
その間を感じたのか、今まで起きる気配がなかったのに、腕が上がった。
手を伸ばして携帯を掴んだまま起き上がる。
「はい」
起き上がった藍沢と目が合って、携帯を持ってない方の手が伸びてくる。ベッドについていた腕に手が触れた。
電話のやり取りをきいていていいはずがない。
頷いて立ち上がった白石はバスルームのほうへ移動する。ドライヤーの風を当てて、髪を乾かして、乾ききらないうちにそれを置く。
「悪い」
白石の傍に来た藍沢が声をかける。そういわれることはわかっていたから、すぐに振り返った。
「大丈夫。私もすぐに出られるようにするから」
「いや……」
「いいの。一緒に出たほうがいいでしょ?鍵もあるし」
藍沢の傍をすり抜けて、急いで支度を済ませているあいだに、自分もさっと支度を済ませたらしい藍沢がバッグと携帯を手にした。
「送ってやれなくてすまない」
「いい。迎えに来てくれただけで充分よ」
コートを羽織って、バッグを肩にかけた白石に、伸ばしかけた手をぎゅっと握って藍沢は外へと促した。
鍵をかけて一階までおりる。
駐車場に向かう藍沢の背中に、白石は足を止めた。
「……恵?」
「ううん。じゃ、またね」
車が暖気する時間に5分。
「わかった。連絡する」
「うん。こっちもね」
「気を付けて」
わかってる。
今までなら背を向けてお互いに目的に向かう。でも、今は。
頷いて白石は笑った。
頷いて藍沢は車に向かって歩き出す。その背中が見えなくなるまで見送ってから、白石はロビーをでた。
冷えた空気は変わらなかったけど、寒さはあまり感じなかった。
病院について、嵐のような時間のあと、一段落した藍沢は携帯を手に取った。
繋がらないかもしれない。
そう思いながらアプリで白石を呼び出す。
『はい』
「俺だ。まだ乗ってなかったのか」
ふふ、と電話の向こうで笑う声が聞こえる。
つい、ほんの数時間前まですぐそばで聞いていた声だ。
『そんなわけないでしょ?何時間たったと思ってるの』
「……そうだな」
『お土産、ちゃんと買ったわよ。いわれた通り』
荷物になるから買わないつもりだと言った白石に、必ず買って帰れと言ったのは藍沢だ。
自分なら買うことはないが、白石ならといったのだ。
「ああ」
『やっぱり買わない方がよかった』
「なぜ」
『なぜって……』
本当は想像できる。
想像できるから、わざと言ったのだ。
「脳外にも持って行ったのか?」
『新海先生が』
「あいつがなんだって?」
『……なんでもない。それより次に会える時は雪、なくなってるわね』
次がいつかなんて約束はできない。
それは白石も同じだからそんな風に言うのだろう。
「そうだな。だけど、桜は一緒に見られそうだぞ」
『えっ?』
「そっちに戻ることが決まりそうだ。だから、近いうちにそっちに行く」
すうっと電話の向こうの声が止まった。
反応があると思っていただけに、訝しくなって白石を呼ぶ。
「恵?」
その後、返ってきた言葉をきいて、藍沢は窓の外に目を向けた。
ガラスに映ったその横顔が、とても赤かったのは夕日に照らされていたかららしい。
—end