FLEX1*~女子の靴擦れ 1

「だから駄目だって言っただろ?」
「大丈夫って言ったでしょ!」

がっとリカの手を掴んだ大祐は、リカの手を流しっぱなしの水道の蛇口に持っていく。
大変なものではないとはいえ、やけどはやけどだ。

このほんの少し前。
リカの部屋で、揚げ物をしようとしていたのを大祐が横に立って自分がやると言いだした。

「冷凍してた奴でしょ?俺がやるよ」
「なんで?別にいつもやってるから大丈夫よ」

むっとした顔で深めのフライパンに油を満たしたリカは、かちん、と火をつけた。
ムキになっているつもりはなかったが、少しだけ何かに対抗心を持っていたのは確かだ。

油切りするための大皿にキッチンペーパーを重ねて温度が上がるのを待つ。袖をまくったリカが、何か強い気持ちでいることは顔を見ていればすぐわかる。
ため息をついた大祐はすぐそばに立って、いつでも手が出せるようにと待つしかなかった。

さらにさかのぼること2時間ほど。
昨夜からリカのもとに来ていた大祐と久しぶりに買い物に出かけていた。散歩も兼ねて目的も特に定めずに、以前、大祐が住んでいたところの近くで、生活圏を歩いてみようという話になって、電車で向かった。

そういってもそれほど遠いわけでもなく、生活圏だけに、欲しいもの、これを買うためにはここに来てたんだ、という大祐の話を聞きながら、今のリカの家にはなくて、使ったこともないようなものを見てはあれこれと話す。

「そういえばリカはあんまり家で揚げ物とかしないよね」
「だって、油の匂いが服とか部屋中についちゃうでしょ。一人だとそんなにたくさん食べないから油の始末にも困っちゃうし」
「そうだよね。俺もそうなんだけど、一人の時は掃除するのが少しでも楽になる様にって、こういうアルミのやつたててたよ」

揚げ物の油が飛ぶのを避けるためのアルミや、意外なところで靴下のセットなど、とにかく面白い。

「靴下?だってそんなのどこでもいいんじゃない?」
「そうでもないんだって。もう面倒くさいから同じものでたくさんあった方がいいと、こういう商店街の10足でいくらとかさ。慣れちゃうとこういうのが楽なんだよね」
「……意外。だって、大祐さん、私服はもうちょっと違うでしょ?」
「そりゃ私服は……ていうか、それ、ちょっと違うよ」

―― リカに会う時だから、リカと一緒にいて恥ずかしい思いをさせないようにって、慌てて色々雑誌を見て買い揃えたなんてとても言えない……

デートする相手がいるわけでもなく、飲み会があっても仕事関係とくれば普段着は部屋着がもっぱらで、遊びに出歩くことも少ない。
自然と必要性が減れば興味も失せる。そういう理屈である。

そうなの?と首を傾げているリカが可愛くて、そんな自分の小さな見栄を知られたくなくて話を逸らす。
小さな商店街の店先で焼き海苔が目を引く値段で売られていた。

「えっ!安っ」
「ん?ああ、このくらいじゃないの?」
「……スーパーだと10枚でいくらだろ。っていうか、帖って何枚なんだろ」
「一帖で10枚だよ」
「えぇっ」

確かにスーパーで見かけるのは何枚という表示だ。笑みをかみ殺した大祐には気付かずに、5帖で千円という表示に目を丸くしたリカが思わず手を伸ばした。

「いいんじゃない?買ったら?」
「でも、こんなにあっても湿気っちゃうんじゃないかな」
「大丈夫だよ」

値札がついた一番手前を避けて、一つ後ろの束にされているものを手に取ると、大祐が店の奥に声をかける。
バックから財布を出したリカが千円札を差し出した。

「はい、いらっしゃーい。あら、見た顔ねぇ」
「どうも」
「なに、可愛い彼女連れて。しばらく見なかったわねぇ」

どうやら顔見知りではあるらしく、店のおばちゃんとそんな会話をしている後ろでリカが軽く頭を下げた。
名前までは知らなくても、3年近く離れていても顔を覚えられているくらいには通っていたのだろうか。

その疑問が顔に浮かんだらしく、大祐が苦笑いを浮かべた。

「このお茶屋さんの飴がめちゃくちゃおいしいんだよ。子供の頃、こういうの食べなかった?真ん中に字がかいてあってさ」
「字?飴に?」

そう言っているとおばちゃんが一掴み、ぬっと差し出してくれた。

「はい。食べてみて!」
「ありがとうございます」

受け取った大祐がリカの手の上にばらばらっと飴を落とす。金太郎飴のようなもので、四角の飴の真ん中に“茶”の文字が見えた。
一つを口に入れたリカが、お、と眉を上げた。

「おいしい。お茶の味がする」
「お茶の飴だもん。これが好きでさ。いつも入ってるわけじゃないみたいで、ちょくちょく顔を出してないとタイミングよく買えなかったんだ」

なるほど、と頷く。大の大人の男が飴欲しさに毎度通っていれば印象に残るだろう。
店のおばちゃんが海苔を入れてくれた袋にもう一掴み飴を入れてくれた。

「久しぶりに顔見せてくれてありがとうね。おまけ入れておいたから」
「あ、ありがとうございます。すみません」
「いいのいいの。また買いに来て」

ひらひらと手を挙げたおばちゃんに礼を言って、店を出る。
リカの手の飴も一緒に入れると、大きなバックだからといって、リカが鞄にしまった。

「大祐さん、こういうの好きなんだ」
「いや、それだと、ほかの余計な味しないし、なんていうか口さみしい時に、さ」
「じゃあ、今度見つけたら買おうっと」
「いいよ、そんなの」

好きだというのなら飴だろうが、なんだろうが探す気満々のリカに困った顔をしてから、繋いだ手を引き寄せて小さく囁いた。

―― 今は口さみしくもないし、リカがいるから

「ばっ、何言って……」

途端に恥ずかしくなったリカが顔を逸らす。その先は可愛らしい喫茶店や、アメリカンぽい夜なら飲み屋になっていそうな店が続いていた。

「あ~れ~?お兄さん、前に……」
「あっ……、どうも」

その店の一つからちょうど買い出しなのか、店の支度なのかわからないが、エプロンをした若い女性が出てきたところで、互いに声を上げた。

「わー、久しぶりだね。お店に来なくなったから、引っ越しちゃったのかなって思ってたー」

気安い口調に、ひくっとリカの顔はひきつったが、相手も大祐もそれには気づかない。久しぶりに顔を合わせたということで、懐かしさの方が先に立っていた。

「引っ越したんです。今は仙台の方に転勤になって。今日は久しぶりにこっちに来たんで懐かしくて」
「やだ、本当?寄ってって~、食べてって~。ポテト好きだったよねー。サービスするぅ」

大祐の傍には手を繋いだリカが立っているのに、わざわざ反対側の腕に、腕を絡めて店の中へと引っ張ろうとする。むっとしたリカが大祐の手を引いた。

「大祐さん」
「あ。ここもよく来たんだ。昼間はバーガーとかポテトとかめちゃくちゃ量が多くてさ。夜はお酒も飲めるし。お昼まだだしちょうどいいから食べて行こうよ」

確かに昼を回ってそろそろ昼食時ではあったが、あからさまにリカには話しかけもしない相手がいる店になぜ、と思ってしまう。量が多くて、安いのだろうが、そんな店で食べたくもないと速攻で思ってしまった。

「いい。まだお腹すいてないし」
「そう?」

なるべく嫌な顔をしないように気を付けたリカに大祐は全く気付かずに、じゃあ、いいか、と素直に足を引きかける。だが、その腕に絡まった腕がそれを邪魔した。

「えー。いいじゃん。そっちの彼女はお腹すいてないだろうけど、お兄さん、食べてくでしょ?」

飲み屋と言っても、キャバクラやその手の店ではないことはリカにも店を見ればすぐわかる。だが、明らかにその女性は大祐が気に入っているらしかった。
久々に顔を出したのも懐かしいからわざわざ立ち寄ったと思ったのだろう。

ぴくっと無意識にリカの手が動いたのを感じて、大祐がさらりと掴まれていた腕を解いた。

「いや、うちの奥さんがお腹すいてないみたいなんでまた今度」
「えーっ!!奥さん?結婚したの?前、指輪してなかったじゃん!」

驚く女性にはは、と笑って片手を上げた大祐はいこう、と言って歩き出す。

「ごめんね。俺、この辺に住んでた時は結構、商店街利用してて」
「……ううん。大祐さんがやっぱりもてたんだなって実感したとこ」
「えぇ?!今のは違うでしょ。俺、よく通ってたからだよ。ぼーっとしてられたし」

―― そんなわけないでしょ!

内心では突っ込んでいても、それを口にする気などリカにもない。
どっと疲れた気分になったリカは、ちょうど商店街が終わることもあって帰ろうと言い出した。

投稿者 kogetsu

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