FLEX2*~女子の靴擦れ 2

帰りの電車に乗ると、ちょうど空いていた席にリカを座らせた大祐は、その目の前に立つ。
鞄を膝の上に乗せたリカの表情を上から見ているうちにふとつま先を浮かせていることに気づく。

「リカ、今日新しい靴履いてる、よね?」
「え?あ、うん。仕事用にもいいかなとは思ったんだけど」

それだけ聞いた後、電車の中はざわついていて、声を上げなければ聞こえないから特に話もせずに電車を降りた。ただ、当たり前に手を繋いだ大祐がいつもなら階段に向かうのに、わざわざ大きく回ってエスカレータに向かう。

何も考えずにその後をついて行ったリカは、楽だな、と思っただけでぼうっと後をついて歩く。お昼を食べようとか、色々と考えていたはずなのに、急に疲れ切ってしまって気が付けば何も考えていなかった。

家の近くの駅を出てからようやく我に返る。

「ごめん。お昼、外で食べようって言ってたのに」
「いや。家で食べようよ」
「あ、じゃあ、スーパー寄らせて」
「俺が買いに出るから、一度家に帰ろう?」

妙にこだわった言い方をしてきた大祐に、きょとん、としてリカが振り返った。

「どうして?どっちにしても、買い物に行こうと思ってたんだけど」
「うん。だから」

話が見えなくて少しだけ苛立ったリカに、小さくため息をつくと仕方ないな、とゆっくり歩いて最寄りのスーパーに向かう。
時々、大祐の話の順番がおかしいことについていけないだけではなくて、リカの方もぼんやりしていたりすると本当に話がかみ合わなくなる。

いつもよりゆっくり歩く大祐と買い物を済ませたリカは、自分でもテンションが下がっているという自覚が出てきていただけに、意識して普通にしようとすればするほど、大祐の眉間に皺がよっていく。

「お天気、だんだん悪くなってきちゃったね」
「うん」

部屋について荷物を置いたところですぐにキッチンに立とうとしたリカを、先に着替えたら、と大祐が声をかけた。

「せっかくの休みだし、リカの可愛い恰好も嬉しいけどくつろいだ姿のリカも好きだからさ」
「何言ってるの。見慣れてるでしょ?」
「それでもいいから」

リカの手にふわふわの部屋着を押し付けた大祐に手を引かれて、ベッドサイドに移動する。お願い、と顔に書いた大祐に逆らえず、リカは着ていた服を部屋着へと着替えた。

素足になったリカがキッチンに向かう手前で大祐がソファにすとん、と座らせる。

「足出して」
「足?」

床の上に胡坐をかいた大祐がリカの足を膝の上に乗せた。リカの足の指に血が滲んでいる。
いつの間に用意したのか、爪切りや、消毒液と絆創膏を傍に置いた大祐は、片方の足からティッシュで押さえて、血のにじんだ足を消毒しだした。

「どうりで痛いと思った……」
「血が出てるのに気付かなかったの?」

つい今さっき、着替えている間に気づいてもおかしくないのに、つま先を見てもなんとも思わなかったな、と思う。だから、気づかなかったかと聞かれたら気づかなかった。

消毒液で血をふき取った大祐が、まじまじと爪の先を眺めてから食い込んでいた隣の指の爪を短く切り始める。大祐の声が少しだけ低くてどうやら少し機嫌が悪いらしい。

「新しい靴だったら気を付けないと、靴ずれ起こしたりするんじゃないの」
「……うん。でも、慣らすにはちょうどいいと思ったし」
「それにしても、こんな風に歩こうって言ってる日に履くのはどうかと思うけど」

大祐に足がきれいに見えるヒールで、色も形も気に入っていたからこそ、大祐と一緒に出掛ける日に初めて下ろしたかった。ぴくっと足を掴まれていた足が痛くて反射的に動く。
それがつま先ではないことにますます驚いた。

「……何?」
「あ、ううん」
「嘘。どこが痛いの?」

かかと。

声に出す前に悟られてしまった。くいっと足首をひねられて、赤く皮がむけた足にしゅっと消毒液を吹きかけられる。ふーっと息をかけて濡れた足を乾かすと、絆創膏を貼られた。
つま先に戻って、どちらも丁寧に絆創膏を貼られると、妙に足だけ傷だらけに見える。

「ありがと……」
「どういたしまして」

不機嫌なまま片付けていく大祐を見て、リカの気持ちも少しだけ不機嫌に傾く。

―― だって、せっかく大祐さんと出かけるのに、新しい靴を履きたかった。私が知らない大祐さんを少しだけ覗き見る気がして嬉しかったのに。アメリカンなバーガーにポテト?

それには、ムカッとしたのだと言えばよかったのか。

だから無理を言ってスーパーに立ち寄ったのは、食材がなかったわけではないけど、ちょっと張り合いたかった。

―― お店に張り合うなんて馬鹿だけど

ハンバーガー用のパンと、近所のスーパーのちょっと赤身肉の多くて、常日頃からハンバーグというには肉肉しいハンバーグと、冷凍のポテトを買った。
きっとメニューなんてわかっているだろうけど、何も言わずにキッチンに立つ。

そして、冒頭の少し前に戻る。

プレートを用意して、先にピクルスと、クレソンを乗せる。フライドポテトとハンバーガーのために、深めの鍋で油を温めている間に、フライパンにバーガー用のハンバーグを乗せた。
少しだけ丸く形を整えたそれは弱火にして、ポテトを上げている間に火が通る様にする。

「ねぇ、リカ。別になんでもいいんだよ?」
「何が?」
「いや……。いいんだけど」

何かに張り合うようなメニューだなと思った大祐は、ついさっき、バーガーをよく食べに行ったというのを気にしているのだろうと思いながら、リカの顔を見た。
ぼんやりと気の抜けたような顔に、時々強く何かを考えている色が浮かぶ。

ランチだから簡単なものでいいと思うのに、リカが作ろうとしているのは、わりと本格的なものに思えた。

「大祐さんはいいから向こうにいってて。油はねちゃうし」
「はねちゃうからいるんだよ」
「駄目。それより、油の匂いがついちゃうから少し窓を開けておいてくれる?」
「……わかった」

鍋のふちで小さな泡が音をさせ始めてもう少し様子を見ていたリカが、大祐を傍から離すために口をついた言い訳は、渋々大祐を部屋の方へと押しやる。ハンガーに吊るされている洋服を部屋のクローゼットにしまって、少しだけ窓を開けた。
換気扇がすいこんでいるから、細目に開けた窓の隙間から空気が唸るような音をさせる。

ほっとしたリカが、小さなポテトのかすを鍋に放り込んで油の温度を確かめると、封を切っていた袋からポテトを流し込んだ。

投稿者 kogetsu

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