FLEX104~雨夜、静か

東京と松島の部屋にそれぞれいるのに、互いの部屋の中は明るい声が響いていた。

「違うでしょ。それは、リカさんが人気だって証拠でしょ~」
「小学生のリカはそんなに人気者じゃありませんでしたよー。小さい大祐君こそ、どうだったんです?」
「小学生の時かぁ。どうだったかなぁ。もうその頃にはブルーに染まってたからなぁ。同級生に、鉄道が好きな子と、F1が好きな子と俺がいたんだよね。もう、この三人が浮くんだ。社会の授業とかで話題が出ると必ず先生からも話を振られてさ。話し出すと止まらないんだよね」

小さな大祐が一生懸命にブルーについて熱く語る姿を思い浮かべると可愛らしくて、今と変わらないなぁとくすくす笑い出してしまう。

「笑ってもいいよ。筋金入りだからね。ちょっとやそっと笑われたって平気だよ」
「違う、違う。小さい大祐君がそのまま大きくなったのかなって思ったら、すごくなんか、可愛いなって思ったのよ」
「可愛いっていっても、俺、もうアラサーですけど?」

その言い方にもリカがコロコロと笑い出す。
大祐の口からそんな言葉が出てくるのもおかしくて、笑いが止まらなくなる。一人の部屋がこんなにも明るいのは、ずっと握りしめている携帯のおかげだ。

「ああ。もうこんな時間だ。毎日ごめんなさい。遅くまで」
「そんなこと言わないで。私だって楽しかったんだから」
「そう?そう言ってくれると嬉しいけど」

はーっと深いため息をつきながら笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭って、リカは明るい声を出した。
帰ってきてから、着替えや食事を済ませる間はメールが何通も飛び交って、ようやく電話を掛ける頃には23時近い。そこから延々と今日あったことや、今日のように子供の頃の話をしたり、話すことは尽きなくて、いつも遅くなってしまう。

そして、いつも終わりだというのは大祐の方だ。

「もう休んでください。明日も早いんでしょう?ここ一週間、睡眠時間、だいぶ削ってるんじゃないかな」

その先に、ごめん、と続きそうで急いでリカは話を捻じ曲げる。

「睡眠時間っていうと大祐さんは肌が荒れたりしないんですか?男の人だから無いのかな」
「肌荒れって……。女性じゃないから」
「そっか。うん、だから、電話しながらパックとか結構してるんですよ」

多少の寝不足なら大丈夫だと言い張るリカにそれでも寝ないとだめだと少し強めに言うと、そうだねとあっさりリカが同意する。

「じゃあ、おやすみなさい」
「うん。おやすみなさい」

すっかり手の中であったかくなってしまった携帯を切るのも、受話器を置くように音が聞こえるはずはないのに、そうっと指が触れる。
充電につないで、ふっと静かになった部屋の中を見ると、ついさっきまですぐ隣にいたような気がしていたのに急に部屋の中が広く感じてしまう。

広く感じる部屋の中をぺたぺたと歩いて、明日の支度をすませてから部屋の電気を消した。

表を走る車の音に窓辺に近づいたリカは、カーテンの隙間から外を見る。

さーっと走る音で予想した通り、外は雨が降り出していた。
雨が降るとは予報で知っていたが、しとしとと降る雨は時折風に流されてカーテンのように街ごと包み込んでいるように見える。

温かいお茶でも飲みたいくらいだと思いながらしばらく、降る雨を見ていたリカは、怒りはしないだろうと思って、充電を繋いだまま携帯を手にした。

―― あんなに話したのに、何してるのって思うけど……

携帯を手にしてアプリを立ち上げると、名前から呼び出した。

「どうしたの?」

電話の向こうの声は少しだけさっきより低くて、もうベッドに入っていたのかな、と思う。

「ん。あのね」
「何?」

声を潜めたリカが、雨を見上げながら少しだけこもって聞こえる大祐に囁く。

「カーテンみたいな雨が降ってるの。夜にはふるって確かに予報では言ってたんだけど」
「雨?」

その声に、起き出した大祐はすぐそばのカーテンを少しだけずらして外を見る。そういえば、明日はこちらも天気が悪いと言っていたかもしれない。

「そうか……。一緒みたいだよ。こっちも降り出したみたいだ」

こちらの雨はぱらぱらと音をさせていて、真っ暗な外に雨の音がし始めたところだった。

「本当?見てる?」
「……うん。見てるよ。ここ、外は真っ暗だけどぱらぱら音がする」
「そうなのね。こっちはもうだいぶ降ってたみたいで、車が走る音がするの」

雨音はしないのに、雨が降っているとわかるのだ。
大祐のもとでは、雨は木の葉や物にあたって音をさせているのに、リカのもとでは違う。
それでも雨はすぐ隣にいるような気分にさせる。

「リカは?もうベッドに入ってる?」
「ううん。窓のとこ」
「じゃあベッドに入って。目を閉じたらこっちのいつもリカが寝てる窓側だよ」

繋がってるよ、という大祐に言われるまま、リカはベッドに入った。横になる向きは端を背にする。

「大祐さん、カーテン開けてる?」
「今少しだけね。もう閉めたよ。リカが寒くないようにね」

横になって、携帯を耳に当てていたリカに、いつ眠ってもいいからね、と呟く。

「雨の日って……。仕事に行くのは憂鬱だけど、本当は嫌いじゃないの」
「どして?」
「なんだか、包まれてる気がしない?なんていうか……、部屋の隅っこに自分の隠れ家を作ってそこに小さくなって座ってるみたい。何か好きな本を読みながら、お茶とか飲んでたらいいな」
「ああ、そういうのいいね」

どんな本を読むの、と聞いているうちに、少しずつリカの反応が鈍くなって言って、話しかけたことと、返ってくることがおかしくなり始める。

―― 眠いなら寝ちゃえばいいのに……

「リカ。眠いなら切ろうか?……リカ?」

すう、すう、と小さな寝息が聞こえてきて、しばらくそれを聞いていた大祐は、お休み、と言って通話を切った。
雨が降っていることを教えたくて電話をしてきたことが嬉しくて、目を閉じても口元に笑みが浮かぶ。

―― 一緒にいるみたいだ……

窓の外には雨―-……。

投稿者 kogetsu

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