「あれえ。平日なのに、気合い入ってますね」
リカよりも遅れて出社して来た珠輝に言われて肩を竦める。朝から大喧嘩になったなんで恥ずかしくて言えないからだ。
「たまにはね」
素っ気なく返事をしてリカは誤魔化したつもりだったが、自分でもやりすぎたかなと思う。冷房除けに持ってきたショールを大きく開いて、上半身の露出を抑えた。
「ねぇ、リカ。もう少し……その、違う服を着て欲しいんだけど」
初めはそんな風に遠まわしだった。自分の姿を見返して、変?と問いかける。
「いや、変とかじゃないんだけど……」
「似合わない?」
「あ、いや、可愛いけど……」
えへへ、とそう言われて笑ったリカが可愛くて、そのまま抱きしめたくなる。
そうじゃなくて、と自分で自分に突っ込んだ大祐は、うーっと唸ってから今度ははっきりと言った。
「と、とにかく!そんな服だめ!」
「駄目って何よ」
「その、もっとジャケット着るとか、この辺まである服着るとか!」
そう言って、首元を押さえた大祐に呆れた顔を向けたリカは、化粧をしようと鏡に向かった。
「そんなのないよ。今日だって35度とか言われてるのにそんな服着てたら汗だくになっちゃうじゃない」
「でも!ダメ!ダメだったら駄目!」
「何、急にそんなこと……」
「あ、う、えと、じゃあ、たとえば、もっと厚くて濃い色のパンツとか」
冗談でしょう、と笑って聞き流していたリカが日焼け止めと下地を付けて、顔を上げると、鏡越しに本気で眉間に皺を寄せている姿が見えた。
「大祐さん?本気で言ってるの?」
「……冗談でなんか言ってないよ」
「あのねぇ。そんな服ダメ!って言われても暑いんだから、外回りもないのにジャケットも胸元の詰まった服も濃い目のパンツも着ないわよ。急にどうしたの?」
気づけば本気で不機嫌になっている大祐に、困った顔で振り返った。朝の忙しい時間にそんなことを言い出す人ではないはずなのに、どうしたのだろう。
「あのね、特に女子には立場や服装のTPOがあるし、そんなわけにいかないよ」
「……俺は嫌なんだけど?」
「大祐さん!」
ぷいっと背を向けて大祐がリカの傍を離れて、むっとしたままスーツに着替える。男は夏場でも制服のようにスーツがある。ワイシャツの袖をまくって、ネクタイは閉めないままで鞄を手にした大祐が一足先に家を出ようとして、足を止めた。
「……時間。遅れるけど」
「……先に行けばいいじゃない」
「いいから行くよ」
―― 本当に怒るよ
口にしなかったがのに、言われた気がして渋々リカも鞄を手にする。不機嫌なままでそのまま口も利かずに出勤してきたのだ。
「でも、そういう格好して空井さん可愛いって言ってくれます?」
「え?なんで?」
「大津君、短いスカート履いてると嫌だっていうんです」
「そういえば珠輝、最近、短いフレアとか着てないわね」
前は、かなり短めのワンピースやショートパンツをはいてくることもあったのに、気づけば今日もカプリパンツ姿である。
「一緒にいるときは喜んでくれるんだけど、それを着て仕事とか遊びに行こうとするとすっごく嫌がるんです。もう!ほんと!女子の気持ちわかってないんだから!そう思いません?」
「あ……、うん」
「女子はいつだって可愛くしていたし、一緒にいられなくても可愛い恰好してるって思われたいじゃないですか!なのに、ぜんっぜんわかってない!」
まあまあ、と宥めながらもあれ?とリカは首をひねった。
―― 今朝のってそういう理由?
リカの服など珠輝に比べれば露出も少ない方だし、年相応の恰好でしかないのだが、そんなリカの服を嫌がったというのだろうか。
なんだか大祐らしくない気がして考え込んでしまう。
―― 大祐さんってそういうこという人だっけ?
なんだか見知らぬ人のことの様な気がして、ひどく落ち着かない気になった。何か気になることがあって、そのままにはしておけないのがリカである。携帯を手にすると、窓際に移動して一番かけ慣れた番号を履歴から選ぶ。
「もしもし。大祐さん、今いい?」
『リカ?何か急ぎ?』
「急ぎじゃないんだけど、あの……、今朝のあれ。もしかして、大祐さん。私がその……、薄着みたいな服着るのが嫌だったの?」
『……それ、帰ってからでいいかな』
今日はなるべく早く帰るから、と言う大祐に、渋々とリカは頷いた。携帯を切って戻った席に藤枝が腰を下ろしていた。
「よっ。電話、空井君?相変わらずラブラブじゃーん?」
「そんなことない。今朝も喧嘩しちゃったし」
「喧嘩?なんで」
珍しい、と言わんばかりの顔に今朝の出来事を話しだした。途中で珠輝が話に入ってきて、ついつい広がってしまう。
「わかる!すっごいわかります。全然このくらい平気ですよね!」
「んー……。もっとすごい服だってあるわけで、このくらいではどうかなぁって」
二人そろって不満げな女子に、はーっと藤枝は額に手をあててため息をついた。
「あー……。俺は男子の代表じゃないけどもさ。男って結構、小っちゃいわけよ。お前らは全然平気って思ってても、空井君も大津君もちょっと待てよってなんじゃねえの?」
「その基準がわかんないんだってば!」
困り切ったリカに藤枝は髪をかき上げて頭を上げた。
「あのなぁ。お前はさておき、珠輝ちゃんの前までの恰好みたいなのは、普通に彼氏じゃなくても男、嬉しいわけ。あー、可愛いなって。それを空井君や大津君は嫌なの。自分たちの可愛い彼女、嫁さんでいて欲しいわけ。皆の、じゃなくていいわけ」
「そんなのおかしいです!だって、ほかの人から見ても、可愛くなかったら」
「あー、わかってるわかってる。だからさ?男って我儘で独占欲が強いってことなんだよ。その辺わかってあげてよ」
顔を見合わせたリカと珠輝に向かって、苦笑いを浮かべた藤枝は、肩を竦めて俺は見ていて楽しい方が嬉しいけどね、と付け加えたが、女子二人は納得したようでいて、納得できない顔をしている。
「帰ったら、二人ともよーく話してみなよ。ま、俺から言わせれば空井君も大津君も、もう少し女子の気持ちをわかってあげなさいよ、って感じかな」
「……なんか、あんただけすごく余裕でムカつく」
「うわ、何そのとばっちり。俺、相談のってやってるのに」
「もう、わかったわよ!」
女子二人にかかれば藤枝一人では太刀打ちできないのももっともだが、八つ当たりをもろに受け止めた藤枝は結局、その後二人にランチをおごらされる羽目になる。
「珠輝」
「稲葉さん」
「男って……」
「「面倒(です)ねぇ」」
—end
ツイッター140文字からの1話起こしでした。本当は大津君と空井さんの言い分も聞いてあげたかったのですが、なんか予定調和っぽいのでカット(笑)