FLEX119~それでも空は

目が覚めて、自分が泣いていたことに気づく。
部屋の温度はもう朝のうちに高くなっていて、薄らと汗ばんだ体を起こすと涙の流れた跡を拭った。

カーテンを開けると空は今日も真っ青でどこまでも晴れている。

『おはよう』

きっとあのままそばにいたらこんな朝も優しくあの声が囁いてくれる日もあったに違いない。
ニュースで知る世界は遠くて、気軽に行けるような場所ではない。間が開くようになった報道では、今空井がどうしているのかなどわかるはずもなかった。

【おはようございます。今朝もよく晴れていて、猛暑日が続く模様です。どうか熱中症にはご注意ください】

タイマーでついたテレビからは、明るい女性キャスターの声が聞こえてきて、時折混ざる震災復興の話題がなければあの日々が嘘のような気さえしてくる。

―― どれほど望んでも、どれほど願っても、同じ空の下にいても。

こんなにも遠い。
まるで時空さえ切り離されたように感じることが苦しくて、覚えていない夢を振り払うようにシャワーを済ませて支度にかかる。

何事もなかったかのように毎日が過ぎて行って、夏が終われば秋が来る。いつか来るはずの明日はもう来ないなんて思いたくなかった。

【そろそろ台風の発生時期にかかるので、そうなれば少しは涼しくなるかもしれませんね】

否応なく突き付けられる時間の流れは、もう違う時間を生きていると嫌でも思い知らされる。

「空井さん。……おはようございます」

声にだしたら一緒に涙まで溢れて来た。

それでも空は。
空は青くて。

官舎の部屋は、クーラーの効きが極端だから、網戸にして窓を開けて寝ることにもようやく慣れてきた。
汗をかくことも当たり前すぎて、電池が切れたように寝て起きたのに、重い感覚だけを引きずったままだ。

夢もみなくなってどのくらいたつだろうか。
くたびれて、疲れ切って。

狭い台所で勢いよく蛇口をひねると、ざぶざぶと顔を洗う。

適当に放り出してあったタオルで顔を拭って、カレンダーを見るともう随分時間が立ったのだと思い知らされる。

少しずつ、時間が過ぎていることを頭はわかっていても感覚はなかなかついて行かない。毎日、足を向ける場所のどこもかしこもが、傷ついて、ぼろぼろになっているからだ。

ふいに、目が覚めているのに夢を見ているような感覚になる。

あの日。明日会えたら、次のデートを申し込むつもりだった。告白よりも先に、想いが溢れたキスが先になってしまったけど、少しずつ確かに距離は近づいていて、次にデートに誘ったら、改めて好きだと告げようと思っていた。

ストレートに口にする大祐に、顔色を変えてあたふたするリカが可愛くて、少し意地悪をしてみたくなったりしたものだ。

何も考えなくても身に叩き込まれた記憶が自動的に制服を身に着けていて、鞄と鍵を手にすると部屋を後にした。ろくに何も生えていない敷地内の駐車場へ足を向けると、細くて背丈の短いヒマワリがフェンス沿いに咲いている。

まるで、忘れないでと言われているような気がした。
夏なんだなと、黄色いひまわりを見ては胸苦しさに襲われるようになったのはいつごろだろうか。

ヒマワリの花は、彼女の笑顔によく似ていて、だからこそ、思い出すのは笑顔ばかりだ。

本当なら、泣かせずにすんだだろうかと何度も思い返す。
自分がどれほど辛くても、あの笑顔だけは守りたかったから、無理やり終わりを引き寄せた。

車のドアを開けると熱風がむわっと吹き出してくる。同じ空の下にいるというならこの青空の下に彼女もいるのだろうか。
見上げればどこまでも青い空と、肌を刺すような日差しが照りつけてくる。

浅はかな俺を叱るように、空が今日も青い。

―― end

別離期の二人のお互いの想い。ツイッターで上げたそれぞれをまとめました。

投稿者 kogetsu

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