FLEX120~小さい頃は

先に横になっていた大祐はぼーっとしていた。

特に何かを考えていたわけではない。

不意に、頭の中に幼いころの大祐がうずくまっていた。

「だいすけくんはクリスマスプレゼント、なにをくれるの?」
「うーん。ぼく、ひこうきのえをあゆみちゃんにあげる」

地面に飛行機の絵を描いていた大祐の隣に、同じ制服の女の子がしゃがみこんでいた。苗字こそ思い出せないが、いつも可愛らしい服を着ている女の子。

「あゆみねぇ。あゆみ、だいすけくんのことだいすきだから、いちばんだいじなおはなのかんにはいったチョコレートあげる」
「ほんとう?ありがとう。あゆみちゃん」
「ほんと?ほんとうにうれしい?だいすけくん」
「うん。うれしいよ」

小さいなりに大好きなチョコレートをくれるということが嬉しくないわけではない。ただ、女の子のほうがませていて、大好きの意味がすでに違っていることに小さな大祐は気づけなかった。

「うれしいなら、だいすけくん。あゆみのことすき?」
「うん。あゆみちゃんはいつもやさしくしてくれるからすき」
「ほんとね?じゃあ、すきなことすきなこはけっこんしなきゃいけないのよ。おおきくなったら、あゆみのこと、だいすけくんはおよめさんにしてくれる?」

小さな大祐にはそれがなんだかよくわからないなりに、とても大変なことを約束してしまったように思えて、少したってから驚いてその場に立ち上がった。両足を踏みしめて両手をぐっと握りしめて立った大祐は、驚いて見上げている女の子にむかって、驚くほど強く頑固だったらしい。

「だめだよ!ぼくは、ひこうきのぱいろっとになるからあゆみちゃんといっしょにはいられないんだよ。ひこうきのぱいろっとはとってもいろんなところにいくんだから!」
「どうしてだめっていうの?あゆみ、だいすけくんにやさしくしてあげたじゃない!チョコレートあげるから」
「いらないよ!いらない。おかしくれるからだったら、おかしいらないよ!ぼく、あゆみちゃんとけっこんできないよ!」

女の子にとっては、ひどく、怖かったのだろう。怒っているようにも見えたのだろう。
見る見るうちに涙を目に一杯にためた女の子は盛大に泣きだした。

「うわーん!だいすけくんのいじわる!どうしてやさしくしたのに、あゆみにいじわるするの!」

急に泣き出した女の子は、本当に盛大に泣いていたから、先生も驚いて駆けつけてきた。どうして泣いているのか、喧嘩したのかと聞かれて、大祐は口を思い切り引き結んで、ムの形にしたまま、ずっと黙ってその場に立ちすくんでいた気がする。

口を開いてしまったら泣き出してしまいそうだったのと、なんだか、泣いて、先生にも宥められて、女の子のことはキライじゃないのよね、と言わされることが嫌だったからだ。

寝る支度を済ませたリカが、部屋の電気を消してベッドに潜り込んでくる。

「ねぇ、リカ」
「ん?」
「明日でいいんだけどさ。チョコくれる?」

急にそんなことを言い出した大祐の隣に横になったリカは、顔を横に向けてどうしたの?と聞いた。ふふ、と小さな含み笑いが暗闇の中から聞こえてきて、そっとリカの顔を両手で包み込んだ大祐が、こつん、と額を合わせてから手を離す。

「幼稚園の年中の頃なんだけどね。クリスマス会かなんかだったのかなぁ。クリスマスプレゼントのはなしになってさ。あゆみちゃんって女の子に、何をくれる?って言われて飛行機の絵、って俺は答えたたわけ」
「へぇ。その頃にはもう飛行機が好きな大祐君だったんだ」
「そそ。それで、あゆみちゃんは小さい大祐君が好きだから、大好きなお花の缶に入ったチョコをくれるっていうわけ。俺もその時は何にもわかんないからさ。ありがとうって単純にいっていたんだよね」

天井を向いたままで、そんな風に話し出した大祐の方へと向いて横になったリカには、小さな大祐の様子が目に浮かぶようだ。
きっと今以上に天然でまっすぐで、何も考えていなかったのだろう。

「そしたら?」
「そしたら、好きな同士は結婚しなくちゃいけないから、お嫁さんになる、だったかな、お嫁さんにして、だったか……。とにかくどっちかをいわれたわけだ」
「あはは、言いそう。幼稚園でしょ?そのくらいって絶対女の子の方がませてるもん」

腹筋が震える、というのが横になっているからリアルにわかる。
可笑しくて、笑い出したリカに、大祐が続けた。

「ほんとだよね。その頃の俺なんて、ただの飛行機好きの子供でさ。何にも考えてなかったもんなぁ」
「小さい大祐君はどうしたの?」

二人が話す部屋の中には、クリスマスディナーの余韻が残っていて、お腹も満たされていて、外の寒さが嘘のように温かだった。

「小さい大祐君はねぇ。なんか初めはうんうん、って聞いてたんだけど、急になんか大変なこと言われたんだって思って、そんなのできないよって言ったら、その女の子が泣き出しちゃってさ」
「あゆみちゃん?」
「そう。あゆみちゃんが。それで、先生が来て、喧嘩したのか、泣かせたのか、色々聞かれて、嫌いじゃないよね、仲良くできるよねって言われたんだけど、俺、すっごいそれが嫌だったの。好きでも嫌いでもなかったんだけど、なんだか、自分はそう思ってないのに取り繕うみたいに好きだって言わされるのも嫌で、ずっと怒った顔でたってた」

こんなかんじ、といって、ベッドに横になっているのに、両腕を突っ張って見せた大祐に目が慣れてきたリカはその横顔に手を伸ばした。

「それで?大きなリカからチョコをもらっていいの?」
「うん。大きな大祐君は大きなリカちゃんからチョコが欲しいわけ。クリスマスプレゼントはたくさんもらったけど、仕事納めまでの栄養にね」
「大きな大祐君が大好きな大きなリカは、明日と言わず、毎日でもチョコあげますよ?でも、その代り大祐君のお嫁さんにずーっとしておいてね?」
「うん。それはね。好きなもの同士は結婚してなくちゃいけないからね。もちろんだよ」

ふふ、と笑いあって、布団の中で手をつなぐ。たまにしか会えない時間を惜しむように抱き合っていたのとも違って、今は心だけではなく、すぐ手を伸ばせば隣にいるという安心感が慈しみ方も少しずつ変えてきた気がする。

それでも、大祐は繋いだ手を引き寄せて、リカの結婚指輪が光る指に口づけた。

「クリスマスってさ。別に俺はキリスト教でもなんでもないけど、すごくいいよね」
「街中がはなやかになるしね」
「うん。クリスマスプレゼントって、そういう商売に乗っかったっていうのもあるのかもしれないけど、なんかさ。好きな人とか、大事な人に、何をプレゼントしようかって考えたり、感謝したり、大変なこともあったけど、捨てたもんじゃないなって思い出す日なのかなって思うんだよね」

賑やかに、男同士で集まって馬鹿やって、酒を飲んでいた頃も、こうして大好きな人と一緒に過ごす時間も、どちらもあってよくて、どちらも幸せを識るための時間なのかなと思う。

「普段は、そんなこと考えたりしないんだけど、1年に1日くらいそういう日があって、そういう日のためにたくさん時間をかけるのもいいのかなって」
「……大祐さん、そんなこと考えてるんだ」
「変……かな?」

するりと繋いでいた手を解いたリカは、大祐の体に腕をまわしてぎゅっと抱きしめた。受け入れた大祐の腕に包み込まれて、首筋に顔を埋めるととくん、とくん、と大祐の鼓動が伝わってくる。

「……大好き。小さな大祐君も大きな大祐君も」

ふふっと耳元を掠めた笑いと吐息に首を竦めると、首筋に温かいものが触れて、口づけられたのだとわかる。

「大きなりかちゃん。今度は小さなリカちゃんのお話も聞かせて?」

―― でも今は……

黙って、俺のキスをもらってくれる?

唇で全身で。愛したいから。

答えの代わりに、唇に温かさが触れた。

「……0時までまだ時間があるから、リカサンタにお願いしていいですよ?」
「……しまった。ミニスカサンタ着てもらえばよかった」

ぎゅっと頬をつねられた後、キスがその頬を優しく撫でた。

もうすぐ夜が明けて、あと何日かしたら、1年がまた、始まる。

―― end

投稿者 kogetsu

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