先に仕事納めに入ったリカは、テーブルの上にたくさんのものを広げていた。
とっくに暗くなってきていて、急がなきゃと思い始めていたが、なかなかうまくいかなくて、気持ちだけが焦ってしまう。
くっつけようと思っていたところがずるっと斜めになってしまい、慌てて指先で触ってから慌てて手を離したとき、玄関の鍵が開く音がした。
「あぁっ!あ、あ、もう帰ってきちゃった!」
がしゃん、という音と共にただいまー、という明るい声が聞こえてくる。
テーブルの上を片付けなければと思ったはずが、机の上に束ねていた素材をばさっと落としてしまい、さらに慌てて立ち上がった。
「あ、あ、あ!おかえりなさいっ!ちょっと待って!!」
「えっ?何?」
リカの姿がちょうど見える場所に立った時点で、待てを言い渡された大祐が一時停止する。
「ちょっと待って!もう帰ってくると思わなくて……」
「え?帰ってきちゃ……いけなかった?」
「そうじゃないんだけど~……」
指先で何かを摘まんでどうにかしようとしているらしいリカの背中を見ながら、邪魔だったのかとしょんぼりしてしまう。その大祐に、困り果てたリカがあたふたしているのをみて、ゆっくりと近づいた大祐は、テーブルの傍にしゃがみこんだ。
「何か作ってたの?」
「~~~っ、……うん」
「そっか。ん?てか、リカ。それ、瞬間接着剤なのに!」
机の上に置かれた木工用ボンドのほかに、瞬間接着剤が置かれていて、明らかにリカの指先はくっつくのを待っていてそれを押さえているように見える。
「あ……っ!」
大祐が帰ってきたので、慌てたリカが先ほどずれてしまった場所を押さえようと指先で摘まんでいたのだ。我に返ったリカは慌てて指先を話そうとしたが、予想通り、ほんのわずかではあるが、ぴちっと皮膚が貼りついてしまっていた。
―― ああ、もう馬鹿っ
自分自身に毒づきながら無理矢理指を離すと、今度はそちらの方に大祐が慌てる。
「あ、馬鹿っ。駄目だよ、無理やり剥がしちゃ!」
「え、や、だって」
ちりっとはしたものの、くっついていても困るので勢いよく指から剥がしたリカを慌てて押さえた。
白く固くなった指先を見て、ぱくりと大祐は口に含む。ざらりと固くなった皮膚に舌を乗せて、さらに歯の先で塊を掠める。
「ん。瞬間接着剤使ってたのにうっかりしちゃ駄目だよ。本当に剥がれなくなったらどうするの。……これ、しばらくすれば皮膚の油分で剥がれてくると思うけど、それまで無理に剥がしちゃ駄目だよ?」
「う……。はい」
仕事をしてるときにはこのくらい何とも思わずにばりっと剥がしていただろうし、多少、指先を痛めてもお構いなしなのに。
しゅん、としたリカの傍で、大祐はテーブルの上の紐のようなものに目を向けた。
「何?これ」
「ん。クラフトテープっていって、紙なんだけど。これを組み合わせてカゴとかにするの」
「へーえ。そういうのって買うんだと思ってた」
「安く売ってたりもするんだけど、欲しい形のがなくて……」
いくつかを手に取って眺めた大祐は手を離して立ち上がった。コートもまだ着たままだったので、鞄を置いて着替えに向かう。
「それ、手伝ってあげるよ。これでもプラモとか作るの得意だったんだ」
―― そう言われると思ったから、こっそりやりたかったのに~……
渋々、頷いたリカは、恨めしそうにテーブルの上を眺めてから立ち上がった。
これ以上、すぐにどうにかできるわけではない。諦めてキッチンに向かったリカは、夕食の支度をしようと冷蔵庫を開けて、うう、と唸る。今年は二人で過ごすからと、少しずつ買い物をしていて、冷蔵庫の中は割合充実していた。なんでもできると言えば何でもできるのだが、大みそかと正月にと思っているから、リカの少ないレパートリーではアレンジしようにも困ってしまう。
「どれ?んじゃ、ジャーマンポテトとかどう?」
「じゃあ、クラムチャウダーあるんだけど、パンがないの」
「俺、ご飯でもいいよ。全然平気」
着替えを終えて、手を洗った大祐がリカの背後に立って冷蔵庫を覗き込む。
わかった、と頷いたリカは、最近気に入っている、チキンのサラダを作ってからチャウダーを火にかけて、ポテトをスライスし始める。
その様子を見ながら、テーブルの前に戻った大祐は、おそらく作り方が書かれていただろう、紙をひっくり返した。部分的にクラフトテープが貼りついている。
「ふうん……。これ、作っちゃっていい?」
手順の書かれた紙を見比べながら、クラフトテープの数を数えてみる。
―― 数が……
不器用なリカらしいと思った大祐は、ぱっと見て長さが間違っているものを選び出して、合ってないものは長さをあわせたものに切りなおす。
ところどころ、瞬間接着剤がついたものの、剥がれてしまったところは、硬くなっているが、リカがくっつけたものをみてため息をついた。
いびつにもほどがある。端と端がまっすぐにくっついていないので、スタートの時点でいびつに見える。
「……すげー」
見ているうちに笑いがこみあげてきた大祐は、時々リカを振り返りながら手早く、底面を仕上げてしまった。
そろそろ夕食ができる頃と見計らって、一度、接着剤が渇いていないところだけ手近にあったクリップで押さえておいて、テーブルの上を片付ける。
「リカ、そろそろご飯できそう?」
「もうできますよー」
「んじゃ、運ぶのを手伝うね」
立ち上がった大祐はリカのいるキッチンに立った。