「で?どうしたの?これ」
夕食が終わって、テーブルを片付けると、大祐が先ほど途中まで立て直したクラフトテープと材料を机に乗せた。
リカが出だしで四苦八苦していたのに、きれいな網目になっているのをみて、眉間にしわがよる。
「……なんでこんな風にあっさりできちゃうの」
「え?そう?」
なんで長さが違ったの、と聞きたいのは大祐の方だったが、そこは触れずに縦のラインを形作る。横を編み込む分はまだカットしていないらしくて、せめてと手を伸ばしたリカに慌てた。
「ちょ、待って、リカ。それ、どれを切ってる?」
「え、この長いの2本?」
「違っ、違う違う。これ、二本どりって書いてあるでしょ?だからここまで一気に切ってそれから……」
クラフトテープの幅のうちで、何本かを選り分けて横の編み込む分にすると書いてあるのに、リカはそのままの幅で二本切りそうになったのを止めた大祐が作り方の書かれた紙を示した。
一から十六までのそれぞれ切り分けなければならない本数も見ているうちにどこまで切ったのか混乱してきてしまうらしい。
う、と小さく唸りながらすでに組み立て済みの分と切り分け済みのものを数えなおしている。
「おかしいな。リカ、細かい作業苦手なんだっけ?」
「苦手じゃないの!苦手じゃなくて、ほら、仕事はプロがやるし、仕事なんかは、ねぇ?」
「そういや、ボタンつけるのとかも苦手だったよね」
以前、とれてしまったボタンを縫い付けようともせず、クリーニング屋に出そうとするのを見て止めたことがある。
「それ、とれたボタンだよね?ポケットに入れておいたら無くなるんじゃない?」
「あ、違うの。これ、そのクリーニングのついでにつけてもらうので」
「え?つけないの?」
「あ、う……」
自分ではほとんど針を持つことなどもうないらしくて、代わりにつけてやろうとした大祐が針と糸を聞くと、どこにあるのか大捜索になったことを思いだす。
「自分でも、わかってるの!私、せっかちだから、ぱっと見てわーっとやっちゃう方が得意なんだけど、なんかこういうの……」
わかんなくなるのか、と天井を仰いだ大祐は、ついつい笑いそうになってしまう口元を引き締めて、近くにあったマーカーでもう使ってしまった分をチェックした。
「たぶん、ここまではもう終わったんだよね。だからあとこの分かな。わかる?」
「えっと……」
「んと、ここが二本って書いてあるから、60センチで全部切っちゃうんじゃなくて、この辺まではさみを入れて……」
リカの手元に定規を渡して、カットする長さのところを指で示す。途中まではさみを入れるところまで教えて、カットすると、今度は端の方からはさみの刃で切り口を付けて裂いて見せる。
「えぇ?!どうしてわかるの?」
「だってここに書いてあるよ?」
「嘘っ」
手順の端の方に、何本と書かれている場合は途中で裂くように、そして、裂くときにはこうした方がいいとそこまで書いてある。
「あ、やだ。全然見てなかった」
今更ながらにその部分を見つけたリカは、気の抜けた声で呟いた。
それをみて、堪えきれなくなった大祐は、あっはっは、と豪快に笑いだす。
「リカ、リカ。普通、こういうの読んでから始めるでしょ。なんで読まないの?読まずにどうやって作るの」
「だ、だって、掃除は大祐さんが一緒にやるからって言うし、できるところはやってから買い物に出たのよ。それから作ろうと思ったんだけど、大祐さんが帰ってくる前にできたらいいなと思って焦ってたから……」
「なんで?いくらでも手伝うのに」
まっすぐな目で見つめられて、くしゃっと顔を歪ませたリカはうーっと、言って両手で頬を押さえた。
「大祐さんは絶対こういうの、得意だと思ったのよ。だから、絶対手伝うって言ってくれるだろうし、結局私、ほとんどやらなくてもできちゃいそうだし、その方が絶対きれいに出来るんだけど!でも!これ、練習だったから、もっと作りたい形を作るために失敗してもいいと思ってたし、ほんとに作りたいものは一人でちゃんと作りたかったの!」
一息にまくしたてたリカに面食らった大祐は、真顔になってぽりぽりと頬を掻いた。
「……俺、手伝っちゃいけなかった?」
「そうじゃなくて!そうじゃなくてね!……を作りたかったの」
「え?」
気まずいのか急に声が小さくなったリカに聞き返した大祐は、あ、まずい、と内心思った。
リカの顔は一生懸命大祐の方を見ないようにしているのに、薄ら泣きそうになっていて、どちらかというと負けず嫌いなリカが譲りたくないところだったのかと今更気づいたのだ。
「あ、あの、ごめん。俺、つい、勝手に手だして」
「違うんだってば!……局で、今これを作るのが流行ってて、女の子たちが皆小さくて可愛いのとか、小物入れを作ったとか、写メ撮ってきたりしてて……。それで、皆作ったカゴをデコったりしてるの。私、あんまり得意じゃないから練習しないとできないし」
「うん。ごめん」
「作りたかったのは……、ハートのカゴがあって、それがすごく可愛くて……バレンタインの時にちょうどいいなって思ったから」
バレンタインの時にちょうどいいなって。
聞いているようでいて大祐の耳にはいってはいたが、リカのウィークポイントをつついてしまったと言う方が大きくて、少し遅れてから頭に言葉が入ってくる。
「えぇっ?!今、バレンタインって言った?」
かあっと一気に赤くなったリカがテーブルに突っ伏してしまう。
聞いている方も慌ててしまった大祐が、手にしていたテープを放り出してあたふたと行き場のない手を動かした。
「あの、リカ……?」
「……馬鹿だと思ってるでしょ。そうよ!馬鹿ですよ!年も明けてないのにもう2月の心配してるなんておかしいでしょ?!」
「ちがっ!!違うって!」
がばっと顔を上げて大祐をぶつ真似をしたリカの手を両手で受け止めた。手首を掴んでいると、悔しいのか真っ赤になった顔を隠そうとしてもがくリカの手を軽く引く。
「落ち着いて。ちゃんと聞かせて?今、バレンタインのために、ハートのカゴを作りたいから、コレ、練習しようと思ったってことだよね?」
駄目押しのように確かめた大祐は、足でテーブルを押しのけて、リカに近づいた。
「おかしいなんて思わないよ。どうしよう、俺。馬鹿なのは俺かもしんない」
ふっと一瞬顔を上げたリカをぎゅっと抱きしめた。
「……これがほかの人だったら全然、馬鹿じゃないのって思ったと思うけど、リカが考えてくれたって思うだけで嬉しい!」
何か月も先のことのはずなのに、ふとしたことで好きな人のことを思い出せる。
そして、思い出して、贈りたいものを考えられる。
大事な誰かのことを考えるなんて当たり前なのかもしれないのに、それをこっそり練習しようとしてくれたリカが可愛くて、愛しくて。
「ありがとう。嬉しい。手伝うよ。ううん、違うな。手伝わせてくれる?」
「……馬鹿だと思ってない?」
「思うわけないよ!最高!すごい嬉しいよ。こんな暮れになってもすごい可愛いプレゼントもらった気がする」
まだ顔の赤みが引かないリカは、照れくさくて仕方ないのか、大祐の腕から離れると顔を見ないようにしてテーブルを引き寄せた。