大祐の軌道修正のおかげで何とか四角のボックスが出来上がったが、端切れのようなクラフトテープがテーブルの上にたくさん残った。
「こんなに残るはずじゃなかったのに……」
「それはリカがバラバラのながらに切るからだよ」
「ちゃんと測っ……たつもりなんだけど」
くっくっくと笑いをかみ殺す大祐にむぅっと頬を膨らませたリカは出来上がったばかりのボックスを持ち上げてぶつ真似をする。
大祐にまだ乾いてないんだからと止められて、慌ててテーブルに置く。
「一晩は置かないと止めのところは瞬間接着剤を使ったけど、この辺のふちのところは木工用ボンドを使ったから」
「……わかった」
結局、ほとんどは大祐が形作ってくれたようなボックスをそっと両手で持つと棚の上に置く。
―― 明日、珠輝に話したら笑われそう……
小さくため息をついたリカは、そっと鞄に忍ばせている、もう一つの本番用のテープを思い出した。
「……稲葉さん。やっぱり駄目ですよ!」
てっきり笑われるものだと思っていたリカは、目をくるくると動かした。フロアの女子がうんうん、とその背後で頷いている。
「最近、こういうちっちゃいクラフトものって、100円ショップにたくさんあるから流行ってるのはこの前、コーナーで取り上げたじゃないですか。このくらい、センス良く作れないと女子力低いですよ?」
「あのね。私は元々女子力は高くないの」
「そんなこと堂々と言ってちゃ駄目ですよ!稲葉さん」
頷いていた女子から次々と、もっと気合いを入れろの、情けないのと声がかかる。
その先頭に立っていた珠輝が、リカのデスクに片手をついた。
「これから、お昼とか休憩時間にここで作りましょう!長い定規もあるし、カッターやはさみも揃ってるし、テーブルは広いし!私たちも協力しますから」
「わ、私達って、あんた……」
ずいっと踏み込んだ珠輝の目はかなりマジで、思わずリカがたじたじとなってしまうほどだ。
最近はあまりギャルギャルしい格好は控えているらしいが、その分、女子力を磨くのに余念がないらしい。
「私も皆もですよ。あんなドラマチックな結婚したのに、稲葉さん、ちっとも女っぽくならないんだもの」
「服装はちょっと変わりましたけどね」
「あと、可愛い小物増えたかも」
どっと笑い声が上がって、赤くなったリカが次々と声を上げて笑う女性陣に背を向ける。
―― 冗談……。相変わらず可愛げがなくて女子力も低いのはいっつも気にしてることなのに……
背を向けたリカに珠輝が追い打ちをかける。
「もう、拗ねちゃ駄目ですって。今からちょっとずつ作れば必ずバレンタインまでに間に合いますから!」
珠輝に押し切られるようにして、リカは曖昧に頷くことになる。
それから毎日、昼休みに大急ぎで食事を済ませた後、局にいるときはフロアの大テーブルはひどくにぎやかになった。
「ああ、違います!稲葉さん、まだ次じゃないから!」
「え?だって、5番って2本でしょ?」
「違いますよ!ほらよくみて」
珠輝がつきっきりで指導をして、危うい手つきでリカがパーツを切りそろえていくと、その傍で別な女性が付箋を付けて番号と本数、何本とりかをメモしていく。
「私たちがこっちでメモしておくから大丈夫ですよ」
「そうそう。……って、稲葉さん!ダメ!!手元見て」
すぐ横で切ったばかりのクラフトテープが束ねられていくのをつい見てしまったリカは、カッターを手にしていた手元がおろそかになる。
「痛っ!」
「稲葉さん!!」
指先を切ってしまったリカがカッターを放り出して、強く指先を押さえる。見る見るうちに真っ赤な血が玉になって盛り上がってくる。それほど深くはないが、指先は何かと使うためにちりちりと痛むのだ。
あーあ、と言って別な女性スタッフがすぐにフロアに置いてある救急箱から絆創膏を持ってきてくれる。安価なものではなく、防水のしっかりした絆創膏を指先にぺたりと貼り付けてもらったリカが、苦い顔になった。
「……私、もう女子力高くなくてもいいかも」
「稲葉さん。何言ってるんですか。このくらいで挫折してたら女がすたります!」
「別に廃れてもいいってば」
「だーめーでーす!もう少しじゃないですか。残りはその手が治ったらにしましょう。切るだけ切ったらあとはくっつければいいだけです!頑張です!」
そうそう、と異様にテンションの高い女性スタッフたちを前に、リカは小さくため息をついてからようやく気が付く。なんとなれば、彼女たちの手元にも、可愛いピンクのテープやベージュとブラウンのテープや、濃紺のテープがある。
「それってもしかして」
「はい」
語尾にはハートマークがつきそうな笑顔で珠輝が頷く。
―― そりゃ頑張るわけよねぇ……
珠輝は蓋付きのボックスを、アシスタントの美咲は、凝った模様を編み込んでいるところだった。
「何よ。あんたたちも作ってるじゃないの」
「えへへ、そりゃそうですよ。稲葉さんにだけやらせてるわけじゃありませんからね」
ねー、と声を揃えた彼女たちを見て、今なら少しだけその気持ちがわかる様になったリカも、苦笑いを浮かべて、もう一度カッターを手にした。
「じゃあ、私ももうちょっと頑張る」
嬉しそうに笑った珠輝に、小さく頷くと、定規をあてて印をつける。
小さなパーツは、上手にくみ上げられればハート形に出来上がるはずだ。
―― ちゃんとできたら、これにチョコを入れよう
去年は、あまりうまくできなくて渡すのをためらって、市販のものを買って渡したが、結局出来の悪いチョコも大祐は嬉しそうに食べてくれた。
だから今年は、もう少しましなものを作りたい。
「ねぇ、珠輝」
「はい?」
「これができたら、チョコを作るのも手伝ってくれる?」
さすがにそれは職場ではできないものだが、にこっと笑った珠輝はブイサインを出してくれた。
「任せてください。どうせ私も作るんだし、稲葉さんちじゃ難しいだろうからうちで一緒に作りましょう!」
「ありがと」
「いーえ。空井さんと稲葉さんは皆の憧れなんですから、頑張ってもらわなくちゃ」
年が明ければ、めでたさもあっという間で、すぐにまた新番組や、その後の番組改編期がやってくる。
なによそれ、と笑いながらリカはクラフトテープに手を伸ばす。表はまだ寒くて、風も強く吹いているのに、もうこのフロアは春を先取りしているようだった。
—END
最近、オチも盛り上がりも少ないお話が多い気がします。
自分に盛り上がりが少ないからなのか。。。(汗