急な結婚を決めて、お互いを慌ただしく行き来する。
挨拶回りや知人友人達との飲み会。
きっと、普通に付き合っていたら、もっと時間をかけて、ゆっくりと過ごすはずの時間も短い間に思い切り詰め込まれていて、自業自得とわかっていてもその時間の中はひどく濃縮されていた。二人で会っている時間もまだそれほど多くないのに、その間に飲み会や挨拶が挟まれている。
『じゃあ、金曜日の夜はそっちだね』
「ハイ」
『……困ったな。まだ怒ってる?』
残業の後、帰ってきて落ち着いたかと、メールを交わしてから電話が始まる。
「怒ってない」
『声が怒ってるでしょ。リカさん、自覚ないかもしれないけど、わかりやすいんだってば』
「……怒ってないってば」
電話のむこうでは少しだけ困ったような、からかうような声がする。
先週、リカが松島に行って、大祐の地元でできた友人や同僚の何人かと一緒に飲みに出た。
「空井、空井」
「おう」
「美人の嫁さん、どんな顔して口説いだんだ?」
「なんだよ、それ。口説いたとかもー」
小さな店の座敷の上は、初めに腰を下ろした時の姿はない。座布団もなにもかもぐだぐだになっていて、はっきりわかるのは自分のビールジョッキくらいなものだ。
男性ばかりではなく、その彼女がいるのかと思っていたが、女性だけの参加も多かった。
リカは女性たちに囲まれて憧れとも対抗心ともつかない話題に囲まれている。
「すごい。テレビ局に勤めてるなんて。芸能人とか会えるんですか?」
「そんなこと滅多にないですよ。担当しているのは情報番組なんです」
「やっぱりきれいでセンスもいい~!」
女同士というのは気が合えば話も弾むが、何もかもが違う環境同士では話題と言うのも難しい。しかも、その中の何人かは大祐を狙っていたという雰囲気をちらちらと匂わせて来ていた。
「でも、はっきり言うと、遠距離って大変ですよね。自衛官の奥さんって家を守れる人じゃないと」
「やぁだ、何言ってるの。こんなところでー」
きゃっきゃと話しながらも強烈な皮肉が飛んできたりもしていたが、曖昧に笑ってリカは大祐の近くへと移動しようとして立ち上がった。
「稲、リカさん!」
離れた場所にいた大祐の声でそちらを向くと、男同士で盛り上がっていた大祐がじっとリカを見上げてきた。
「え、何?何?」
周りの男性陣がにやにやとリカと大祐の顔を見比べている。
「ひゅーひゅー」
冷やかす声が聞こえて、周りから大祐は小突き倒されているが、話が見えないリカは戸惑ったまま曖昧に笑みを浮かべて一番端のあいている場所に腰を下ろした。
店の女将さんたちも顔見知りなのか、酔いが回った連中は厄介だと思ったのか、しばらくして空いたグラスを下げ始める。
「ほらほら!あんただち、まだ明日も仕事あんださ。いい加減にして開放してあげなさいよ。休みの人だぢもいくらお祝いだつっても限度あんでしょうが」
会計は、男性陣がまとめて払ってくれたらしく、リカと大祐はその場で冷やかしの声に押し出されるように、歩きだした。
「いやー、面白かった。っつーか、あいつら馬鹿ばっかりでごめん」
「……うん」
「あんまり飲まなかった?でも、あそこうまかったでしょ?」
「……うん」
言葉少なに歩くリカにようやく気付いたのか、その顔を覗き込んだ大祐がまだひきつった笑みが浮かぶ顔をみてにこーっと笑う。
「リカさーん。疲れたよね。仕事終わってこっちに来ていきなり連れて行かれたもんね」
「……ううん。……うん。やっぱりちょっと疲れたかな」
そう言って二人は大祐の部屋までゆっくりと歩いて戻った。部屋に戻ると、浮かれていた大祐もリカのためにタオルを出してきて、妙に静かなリカの前に両手を広げる。
「……あ、酒臭い?」
躊躇したリカに、くんくん、と自分の匂いを嗅いだ大祐は着ていたシャツを脱ごうとしてどん、とリカに抱きつかれた。
「あ、え?リカさん?」
「……なんでもないです。なんでも」
「酔いました?そんなに飲んでないと思ったけど」
ぎゅっと首筋に感じる体温を抱きしめているだけで幸せな気分になる。しばらくぎゅっと抱きしめあってからゆっくりと腕を解いた。
「リカさん、先にシャワー浴びて。今日はゆっくり休んで。ね?」
頷いたリカが部屋の隅に置かせてもらっていたキャリーバッグに近づくと、着替えを取り出した。
「……じゃあ、シャワーお借りしますね」
「はい。どうぞ」
バスルームに入ったリカは、何とも言えないもやもやを抱えて熱い湯を出した。頭から湯を浴びて、大祐のシャンプーやリンスを使う。同じ匂いだと思いながら体を洗ってバスルームを出る。
濡れた髪のまま、着替えを済ませると、部屋の方から声をかけられた。
「リカさん。出ました?俺もシャワー浴びようかなって」
「あ、はい」
すっぴんを見られることにまだ慣れなくて、俯いたままリカが部屋に戻ると、すれ違うように大祐がバスルームに向かう。スーツケースから持ってきた化粧品を出して、顔を整えて、濡れた髪をタオルで押さえた。
―― せっかく来たのに……。せっかくお祝いされたのに……
どこにいても大祐が好かれているんだとわかった。やっぱり女性にもモテていたんだともわかった。
一緒にいられるだけで幸せなはずなのに、こんな風に不安になるなんておかしい。
おかしいのに、なんだかいてもたってもいられなかった。