『だって、甘えてくれるリカさんが可愛かったんだってば』
「……甘えてません。大祐さんが女性全部に優しいのが少しだけ嫌なだけです」
『全部の女性に優しくなんかない。特別なのはリカさんだけだよ』
―― 特別扱いしてくれるから嬉しいなんてそんなことないのに……
自分だけが特別だと言われても、誰にでも優しい大祐の特別は時に苦しい。
電話から聞こえる声は、穏やかで少しからかいを含んでいて、今のリカにはほろ苦い。顔を見て話せるならまだ違うのに、週が明けたばかりでは週末がひどく遠く感じる。
結局、土日の予定の中でキャンセルできるものはキャンセルして、どうしても外せない用事以外は二人だけで過ごした。一応、仙台を出るときには無理矢理笑みを浮かべてでてきたものの、今でも気持ちはぎこちなかった。
2年という時間と比べれば、たった数日なのにその数日が切ない。
「……今の大祐さん、ちょっと嫌いです」
『え。えぇっ?!ちょ、リカさん?待ってください』
「やです。もう今日は寝るので切ります」
『わわ、駄目です。リカさん、そんなこと言って』
「も~っ。大祐さんの馬鹿っ!おやすみなさい!」
スマホの通話を切ってしまったリカは、再び浮かんできた涙をぐいっと指でこすって、そのままベッドに倒れこんだ。
松島でいきなり通話を切られた大祐は呆然として、ついさっきまで繋がっていたスマホを眺めて呆然としてしまう。
慌てて、リカに向けて電話を掛けるがコール音だけが続いて、出る気配はない。
「……リカさぁん」
本気で怒っているわけでもないだろうとはわかっているからこそ、ひどく情けない声が出てしまう。
きっと拗ねてしまった今夜は電話には出てくれないと思った大祐は、しょんぼりと肩を落として通話を切る。代わりにメールを立ち上げて、ぽちぽちと打ち始めた。
『リカさん。リカさんが嫌なことはしないから。俺にはリカさんだけだし、他の人に優しくしたりもしない。あんまりリカさんが可愛かったからついからかってしまったけど、ごめんなさい。また明日電話します。おやすみなさい』
項垂れた泣き顔の顔文字を付けてメールを送ると、即レスというくらいの速さでメールが返ってきた。慌ててメールを開くと、べーっと舌をだしたよくわからない手書きの動物が写っている。
「……ぶっ!」
きっと兎のつもりじゃないかと思うが、うさぎだかクマだかもう、よくわからない動物がやぶにらみの目で舌を出していた。
くっくっく、と笑い出した大祐は、もう一度メールを打ち返す。
『一応、リカさんとは別物と思っておきます。リカさんはそんなにハードな顔してないと思うので。でも、拗ねてるリカさんも可愛いリカさんも大好きです』
電話を切ってすぐ、手近なメモ帳に書いていた兎。振動しているスマホをじろりと睨んでいたリカは、送り返されてきたメールにくしゃっと顔を歪めたリカは、べーっと舌を出して見せてからメールを返した。
金曜日の20時過ぎ。新幹線が着くのを待つためにリカは東京駅にいた。
腕時計を眺めては、到着を知らせるボードを見る。大祐から到着予定時間は教えられていたが、いつもより時間がたつのが遅い気がする。
『もうすぐ、つきます』
手の中で振動した携帯が短い一言を表示していて、どきっとしたリカは、大きく息を吸い込んで爪先立つようにして大祐の姿を探した。
「……ああ、もう、やっぱり入ればよかったかな」
新幹線の出口はいくつかあって、それを聞いておかなかったのを後悔してしまう。
違う改札から出てきたらどうしようと思って、改札の向こう側を一生懸命覗き込んでいると、とんとん、と肩を叩かれた。
「あ、すいません」
邪魔なのかと数歩移動した肩をとんとん、と再び叩かれる。
見逃したらと視線を逸らせなかったリカが、仕方なく振り返るとそこに今にも笑い出しそうな大祐が立っていた。
「きゃっ!!」
「きゃって……。降りたところから一番近い出口が向こうだったんです。もしかしてこっちにいるかと思って来たんだけど」
「だ、だったら先に言ってください!黙って後ろに立つなんて!」
笑いそうになる口元を押さえてごめんなさい、という。一生懸命、見逃さないようにと伸び上っていた姿をしばらく見ていたくて、早々に見つけた姿に気づかれないように背後に回り込んだのだ。
「四日ぶりですね」
「……い、行きましょう」
「はい」
今週は、結局毎日電話をしていたものの、どこか素直になれない。
気まずさを隠すように歩き出したリカに数歩で追いつくと背後からリカの手を取る。はっと顔を上げたリカに、小さく頷いた大祐は、どうやって行くの?と問いかけた。
今日は、リカの大学時代の友人達との飲み会だ。
都内に住んでいたことはあるが、やはり移動はリカの方がわかっている。新橋寄りの汐留だというのでリカが先に立ってオレンジ色の電車に乗った。一駅で降りると、広い駅の中を横切る様にして地下に降りていく。
「すごいな。久しぶりに来るとやっぱり迷子になりそうだよ」
「それはこの時間だからじゃない。大祐さんだって、こっちにいたんだし」
「そうだけど、ほとんどのところは行ったことがないよ」
手を繋いで人ごみの間を歩きながら待ち合わせの店に向かって歩いていく。人の流れはどちらかというと駅に向かう方向で、逆に向かう二人はお互いを気にしながら進む。
「荷物、置く暇がなくてごめんなさい」
「全然。このくらいなんでもないよ。仕事じゃないから着替えも少ないし」
一応、スーツ姿ではあるものの、荷物は黒いバッグ一つで、そこに着替えが全部入っているとは思えないくらいだ。
「なんか、家の中じゃラフな格好するのが好きだから、引かれそうだけど」
「それは、全然。あの、くつろいでもらえば嬉しいし、荷物も、なんだったら置いて行ってもらってもいいし……」
「ありがとう。まあ、今はリカさんの友達にあんな奴って思われないといいけど」
ちょっと緊張する、と言いながらも、少しも緊張している素振りもなく、ネクタイに手をあてて、わずかに緩めた。