FLEX127~Sweet on you act4

店は洒落た多国籍料理で、数日前に矢本の小さな店で大皿に盛られた料理を前にビールを飲んでいたのが嘘のように、細長いビールグラスを手にしていた。
サークル関係もいるらしく、男女同じくらいの人数が集まって、にぎやかさも一味違う気がする。

「空井さん、自衛隊の方だって伺いましたけど」
「ええ。航空自衛隊の松島基地で、広報官をしています」
「すごいな。エリートじゃないですか」
「いえ、自分は元々パイロットだったので、そんなことはないんです」

大学時代の雰囲気で少しくだけた話しぶりだったが、皆、都内の企業に勤めている。大祐の立場がエリートだという程度には認識は高い面々が多かった。

「リカ―!やるじゃない、すごいイケメン。やっぱりテレビ局勤務は違うわねぇ」
「そんなことない。報道や情報局じゃ皆が思うほど華やかじゃないんだから」

テーブル席で隣り合って座っていたリカと大祐は、なんだかんだと席が入れ替わるにつれて、離れ離れになる。
それでも時々視線を交わして、無言で会話を繰り返していた。

「稲葉、お前。報道記者になったんじゃないのか?」
「報道はね。異動になったの」
「へーえ。お前、ガツガツしてたからあのまま報道記者になるんだとばっかり思ってたよ」

仕事の話になると、女性同士よりも男友達の方が話が合うのか、男女半々に囲まれている。その中には、藤枝が混ざっていた。

「おいおいおい。アナウンサーになった俺にも言えよ。あのままちゃらちゃらして芸能人と出来ちゃってたかもーとかないのかよ」
「お前は、何やっててもよろしくやっただろ?」

どっと笑いが上がって、大祐はどこも似たようなものだと思う。店が洒落ているか、洒落た服を着てセンスがいいかどうかの違いだけで、少しの妬みと嫌味と、皮肉はどこでも変わらない。

それどころか、リカがモテないと言っていたのは大きな間違いだということもわかった。

リカの周りにいる男の何人かは大祐に対して、明らかに値踏みする視線を向けてきたし、時折、仕事に関してわかりやすい暴言を取り混ぜてもきた。
そのたびに、藤枝がさりげなく割って入り、話をそらしてくれたのには助かった。

「藤枝さん、リ、……稲葉さんと同期ってだけじゃなくて大学も一緒だったんですね」
「そ。あのガツガツの面倒を見るにはキャリア積んでんの。これも予想済み」

にやりと笑った藤枝に、すみません、と軽く頭を下げた大祐は、楽しそうに笑っているリカの方へ視線を向けた。

「稲葉。お前、コレ珍しいな。シルバーか?」

たまたまその日リカが着けていた指輪とネックレスを見たひとりが手を伸ばす。華奢なデザインを選ぶことが多いリカにしては珍しく、今日は太めのデザインのシルバーを付けていた。
その手を取った男が、指輪に触っている。

「たまにはね。でも、シルバーって黒ずんできちゃうからあんまり好きじゃないんだけど」
「ああ、これ、この細工の裏側とかペンダントのトップのここ。黒ずむからなぁ」

指輪だけではなく、喉元のペンダントトップの裏側に手を伸ばしたのが見えた。
無防備にもリカはそのまま触られるがままになっているが、男ならそこに下心があるのははっきりわかる。

―― 何して……

無意識に目を細めて視線が鋭くなる。
大祐が見ている先で、再びリカの指輪を触った男がまじまじと眺めていた。

「やっぱり汗とか、どうしても黒くなっちゃうでしょ」
「まあな。シルバー用のクロスあるだろ?」
「磨いてても鈍くなるでしょ」
「そうなったら俺のとこに持ってこいよ。特別無料でメンテしてやるよ。俺が宝石屋に勤めてるの知ってるだろ?」

その男は大手のジュエリーショップの名前を挙げていた。今はどこの店にいるのと話していたリカと相手の間に、視線が刺さるならとっくに突き刺さっていただろう。

大祐の鋭い視線とその目線の先に気づいた藤枝が苦笑いを浮かべた。

「な?だから、ガツガツの面倒見るにはキャリアあんの。俺に任して」

そこで大祐が出て行っては角が立つ。藤枝は、くるりと向きを変えてリカと男の話に割り込んだ。

「なんだよ、お前。そんなメンテじゃなくて稲葉達に婚約指輪とか結婚指輪とかいいやつ紹介してやれよ。伊達にでかいところにいるんじゃねぇんだろ?」
「なんだよ、割り込んでくるなよ。藤枝。お前は、今の女のためになんか選んでやろうか?」
「うっせ。俺は、安いものは送らない主義なのー」

どっと男同士の笑いが起きて、盛り上がった隙に、ずっと皮肉を並べていたリカの友人の一人がふざけて大祐の隣に割り込んだ。

「じゃあ、私も空井さんにお友達紹介してもらうー。空井さん、お友達のパイロットとか独身の男性、紹介してくださーい」

強引に大祐の腕を取った女は自慢の胸にぎゅっと押し当てて、大祐に迫る。肉食系女子だと皆もわかっているから、やれやれと苦笑いを浮かべるだけだが、リカははっきりと眉間に皺を刻んだ。

「ねぇ。そんなこと言ってるけど、三年ごとの転勤とか、あんたに耐えられないでしょ」
「なによ。リカは平気だって言うの?仕事辞めてついていくっていうの?」
「私はっ!……仕事はやめないわよ」
「えぇ?!じゃあ、何?別居婚とかそういうやつ?」

ありえなーい、と何人かの女性の声が重なって、一気に空気が悪くなったのを察した藤枝が割って入ろうとする前に、大祐が立ち上がった。
力を入れたわけではないが、女の手から腕を引き抜いた大祐は、リカの隣に近づくと腕を回してリカを引き寄せる。

「すみません。少し酔ったみたいなので、今日はこの辺で失礼します。席を設けてもらってありがとうございました」

穏やかに、視線だけは確かに、威嚇を込めて、その場にいた面々、一人一人に視線を合わせた大祐は、こわばった顔のリカに微笑みかけると、会釈をして歩き出した。

「あーあ。お前らが悪いんだぞ。調子に乗って怒らせちまいやがって」

凍りついた場に藤枝ののんびりした声が響く。ぎこちなく顔を見合わせた面々は、ねぇ、と意味もなく頷き合って、自分は悪くないと言い訳を口にした。

投稿者 kogetsu

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