「……なんか、ごめんなさい」
「ん?何が?」
「紹介しろとかもう、あの子、悪い子じゃないんだけど大学の頃からすぐ、なんていうか、肉食系?っていうのかな。すぐ彼氏とか、かっこいい人に向いちゃって。よくトラブルになってたんだけど」
「ああ。でも、悪い人じゃないんでしょ?リカさんの大学時代からの友人なんだろうし、気にしてないよ。俺のほら、同僚とかも似たようなもんだったし?」
駅まで二人で歩きながら詫びたリカに、大祐はなんでもないと笑って見せた。どんなに仲がいい友人でもちょっとね、という瞬間はあるものだし、お互い様である。
「よくあるよ。お酒の席だし。そんなに気にしないで」
そう言いながら、来た時は手を繋いでいたのに、帰りはリカの腰に手を回して寄り添って帰ってきた。今まで手を繋いだことはあってもこんな風に歩くことなどなかったので、居心地が悪いような、くすぐったいような気分だ。
「それより、本当は二次会とか行きたかったんじゃない?」
「ううん……。いいの、私もちょうどよかったし」
リカの部屋の鍵を開けて、ようやく部屋に入る。そこから、ふいっと大祐はリカから離れて部屋の中へと入っていく。
いつもリカの部屋に招き入れられる状態だったのに今日は違う。先に立って部屋に入った大祐は、どさっと鞄を床に置くと、ジャケットを脱いでシャツの袖をまくった。
洗面所へ手を洗いに行った大祐とすれ違うように部屋に入ったリカは、部屋に入るまでべったりしていた大祐の急な変化に戸惑う。
「……先にシャワー借りていい?」
「あ、はい。どうぞ」
「んじゃ」
ベルトを外す音が聞こえて、ばさ、ばさっと無造作に服を脱いだ大祐はさっさとバスルームに消えた。シャワーの音がし始めたのを確かめてからそっとリカは洗面所の前に放り出されたスーツをハンガーにかける。
バスタオルを用意してから、自分の着替えを用意する。すっかりビールでお腹がいっぱいになってはいたが、何か用意しようかとキッチンに立って周りを見回していると、あっという間にバスルームのドアが開いてバスタオルに手が伸びた。
ぱっと背を向けてしまったリカに構わずに、大祐はタオルで体を拭った後、腰にバスタオルを巻いて濡れた髪をかき上げながらぺたぺたと部屋へと横切る。
目のやり場に困ったリカがどぎまぎして背を向けている間に、トランクスと緩いパンツ、それに緩いシャツを身に着けた大祐がどさっとソファに腰を下ろした。大祐のそんな粗雑な様子は初めてで、驚いたリカは背後から様子を伺う。
「大祐さん?」
「……何?リカさんも入ってくれば」
「あ、ん……」
ひとまずバスルームに向かったリカは手早くシャワーを浴びて急いで戻る。大きく足を開いて、だらりと力を抜いたまま座っていた。
肩にタオルを乗せたリカは、大祐の前に膝をつく。
「大祐さん、何か機嫌悪い?」
見上げたリカを見下ろす顔は眉間に皺を寄せていて、ため息をついた後、ふいと顔を反らした。
「……同期?同級生?下心見え見えだよ。いくらなんでも指輪やネックレスにべたべた触りすぎ」
「指輪?ネックレスって……ああ、あれはシルバーのを今日つけてたから、黒くなっちゃうって話をしてて、彼はジュエリーショップに勤めてるから磨いてくれるって言ってたの」
「それで?磨いてくれるから俺の前でべたべた触らせたの」
ちらっと眼だけがリカを追いかける。大祐の怪我をしていない方のひざにそっと手を乗せたリカが覗き込んだ大祐の顔に迫った。
「大祐さんも腕、ぎゅっとされてた」
「あれは……、リカさんの友達だから振り払わなかっただけで、知らない人だったらもっと違ったよ」
「先週だって大祐さんのこと」
好きな人がいたじゃない。
どこか責めるような声音に、再び大祐は視線を逸らした。
そんなことが聞きたいんじゃない。
男の自分と女のリカとでは違うのだと言いそうになって、ぎりぎりで踏みとどまる。
もやもやして悔しい気持ちと、リカに対しても無防備だと腹立たしい気持ちを持て余していた大祐は、膝に置かれた手に力が入ったのを感じてリカの顔を見た。
―― あ……
『やなの』
耳の奥で拗ねた声が蘇る。あの時、リカも同じ気持ちだったなら。
こんなどうしようもないざわつく気持ちだったのかと思うと自分を怒りたい気がして、片手で顔を覆った大祐は、深くため息をついた。
「……ごめん。リカさんもこんな気持ちだったんだ」
「私?……ああ、この前の……」
散々拗ねて、大祐に我儘を言った時のことを思いだす。そのせいで今週はずっとぎこちなかったのだからわからないはずはない。
あの時、大祐はそんなことはないと繰り返し、リカのことを甘やかしていたが、どこかリカの気持ちは理解が遠かった。
あと少し。
リカは、大祐の膝に置いた手を支えに大祐の顔を覆った手に触れた。
「大祐さん。……私もごめんなさい」
「……ん」
「……まだ怒ってる?」
「怒ってない」
頷きながらもいつまでも顔から手を離そうとしない大祐に、リカの方も大祐が甘やかしてくれた時の気持ちがわかる気がした。