静かに苛立って、落ち込んで。拗ねた大祐のわけを考えると嬉しくて、何でもしたくなる。
少しだけ大祐の手をずらして、リカは伸び上った姿勢でそっと唇に触れた。
「……!」
弾かれたように顔を上げた大祐は、驚いてまじまじとリカの顔を見る。
「……だめ?」
目を丸くしている大祐に、ゆっくりと近づいたリカが半分、目を伏せて唇を合わせる。視線だけは絡んだままで触れるだけのキス。
すぐに離れたリカがこれでもだめ?と首を傾げた。
驚いて頭が真っ白になっていた大祐は、頭の回線がつながりだすと少しずつ落ち着きを取り戻して、我儘を言ってみたくなる。
「それだけ?」
困った顔をしたリカが、今度は目を伏せてわずかに開いた唇で大祐の下唇を食むように口づけて、わずかに覗かせた舌でぺろりと舐めて離れた。
「……これでいい?」
「いや……。もう一度」
角度を変えて、もう一度大祐の唇を食んだリカは、ちゅ、と小さく音をさせて離れようとした。
その瞬間、嬉しさのあまり、わずかに大祐の口角が上がったのを見逃さなかった。
「やだ!大祐さん、からかって……んんっ!」
からかってたのね。
リカが真っ赤になってそう言い切る前にリカの体を抱きしめて押さえこんだ。貪る様に唇を奪って、さっきまでのリカの誘うようなキスとは違う。
強引に絡ませて、奪うわけでもなく与えるわけでもないキスをする。
ずるっと崩れ落ちそうになったリカの体を支えて自分の膝の上に引っ張り上げた。
うっかり自分の体重をかけてしまわないように、足掻いたリカからちゅっと派手な音をさせて離れる。
「こっちの脚は怪我してない方だから大丈夫。それにこっちだって今はもうほとんど平気なんだから」
「そっ、そういう問題じゃないでしょ!騙すなんてひど……!んっ」
ひどいじゃない。
最後までリカに言い切らせることなく、再びリカにキスした大祐はふふっと笑った。
「何よ!」
「ふふ……。ん、なんか一緒だなって思ったらおかしくて」
「一緒って何……」
騙されたと思ったリカは不機嫌に言い返したが、大祐の目が笑っているのを見てくしゃっと顔を歪める。
「大祐さんの馬鹿……」
「だって、リカさん……。めちゃくちゃ一生懸命で可愛いから乗ってみようと思って」
僅かに鼻にかかった大祐の声に、いーっと顔をしかめて見せる。それでも、帰り道に今日に密着してリカがどぎまぎするほどの色気を振りまいていたかと思えば、急に機嫌が悪そうにしていた、そのどちらでもない。いつもの大祐の目がリカを見つめていて、こつん、と額を合わせた二人はお互いの顔に笑い出した。
「なんか、おかしくなってきちゃった」
「ほんとだね。幸せだよって、心配してくれてた周りにも報告のつもりだったのに、なんか、ね」
どちらからともなく、啄むようなキスを繰り返しては笑う。
「ごめん。リカさん」
「うん。ごめんね、大祐さん」
「リカさんの話、聞いてもいい?藤枝さんって大学の頃から一緒だったんだね」
「あ、うん。本当はともみも……、報道の同期ね。彼女も一緒で、大学の時はそれほど親しいっていうより、飲み会とかあると一緒になるから知ってるんだけど、すごく仲良く知ってるわけでもないみたいな感じかな」
ソファの上に座って両足を大祐に預けたリカをゆらゆらと揺らす。大祐の肩の上に頭を寄せてどこかゆったりとリカが呟いた。
「でも友達でしょう?」
「うん。そうね。みんなでお酒飲んでワイワイしゃべってた。楽しかったけど、今よりも何かに焦ってたかな」
「そっか。本当はもっと話を聞きたかったな。大学時代のリカさんがどんなだったのか知りたい」
ふふ、とはにかんだリカは、自分のかつてを思い出す。一生懸命で、不真面目で。今よりももっと色んなことがあった。
そして、今もたくさん色んなことがあって。
「今よりもっとなんだろうな……。ガツガツしてたかも」
「今よりも?俺と初めて会ったころよりも?」
「あー。それは言わないでっ」
くくく、と笑う大祐に苦虫をかみつぶしたリカの鼻の頭に皺が寄る。ちょい、とその鼻の頭を指先でつついて大祐は間近からリカの顔を眺めた。
「違うよ。……今はすごく優しい顔してるから、嘘みたいなだって思ったんだよ」
「そうかな……。大祐さんは、時々鋭い顔する」
「……そうかなぁ。自覚はないんだけど。怖い?」
間近で眺める目は、部屋の灯りを受けて、淡いブラウンの瞳と視線を合わせると引き込まれそうな気がした。
「怖いけど……、目を逸らせなくなる」
引き寄せられるようにキスをして、ゆっくりと目を伏せる。甘さを味わうようなキスは、お互いが好きで、幸せでそれでもお互い以外の存在をこれほど意識したことはなかったからこそ、互いを感じるためのキス。
わかりあうには時間はまだまだかかるかもしれないが、根っこのところはお互い同じ場所にいる。
自然に腕を伸ばして、もっと近しくなって、抱きしめあう。
「……なんか、まだまだ知らないね」
―― 俺達……
もっと知りたい。もっと。
リカの耳には、単純でごめん、という言葉が響いた。