ラフなスタイルだが、支度を整えた鷺坂の姿は、矢本にいた時とは違う。玄関の姿見で自分の姿を確かめた鷺坂はにやりと笑って家を出た。
今年の春に電撃結婚した空井とリカにとっては初めてのクリスマスに年末だ。その後を追うように、と言うより空井に先を越されたことが悔しかったのか、猛追した片山も同じである。
比嘉は、あいかわらずこの時期は嫁が新酒の仕込み時期と言うこともあって、忘年会には100%の出席率らしい。
槇と柚木のところは、柚木が産休明けで復帰したらしく、槇の良妻ぶりに磨きがかかっているらしい。
―― 今年は藤枝君が来るらしいけど、それも面白いじゃないの
一週間ほど前にその話は比嘉から回ってきた。男だけで忘年会をしようと言うのである。どうやら、片山に仕切らされているらしいと聞けばその様子は想像に難くない。面白そうだと鷺坂は二つ返事で快諾した。
どうせ、その頃からは用事も多いので東京の家にいるつもりだったのだ。
夕暮れ時の電車を乗り継いで、定番のりん串に向かう。
帰宅ラッシュの少し前、約束の時間よりはだいぶ早いはずだったが問題なかった。店に行く手前で少し買い物をしてから鷺坂はりん串に一番乗りで入った。
座敷の一番奥を予約した、という比嘉の考えが手に取るようにわかる。
「いらっしゃい!鷺坂さん、ご無沙汰です!」
「久しぶりに出てきたよ。まだうちの奴らが来る前に軽くおいしい物出してくれる?」
「へぃ!任してください!」
どうせ奴らが揃って、飲み始めれば食べるどころではなくなる。
お通しに熱いおしぼりを持ってきてくれた店員に礼を言いながら寄り掛かれて一番逃げやすいいい場所に陣取った。
腹に優しいようにとこの店にしては珍しく洋風のクラムチャウダーのスープが運ばれてきて、それを飲み干した鷺坂の目の前から器が下げられたころにようやくにぎやかな声が聞こえてくる。
「……いえ、それは片山さんの方がどうかと思いますけど」
「うるせぇんだよ!比嘉」
「ちょ、片山さん、それはひどいんじゃ……」
ばちっと何かを殴った音がして、いってぇ……という呟きがそれに続く。
「……何やってんだか。成長してないねぇ」
ぼそりと呟いた鷺坂の目の前の障子が思い切り勢いよく開いた。
「鷺坂室チョーっ!お久しぶりです!」
「お前ねぇ……。店に入ってきたときからお前が来たってわかるよ」
「何言ってんすか。俺はね?はるばる出張してきて、室長に久々に会えると思ってこの期待に満ちた……」
座敷に片足をかけた片山がそこに留まっているために、後ろに続いていた比嘉や空井が座敷に入れずにいた。
「片山さん、ちょっと上がってくださいよ。邪魔ですよ」
「うるせぇ、あのですねぇ」
全く後ろにいる空井と比嘉のことを無視した片山に何とか横から座敷に入ろうとしていた二人の後ろからのっそりと顔を見せた槇が片山の後頭部をぐいっと押した。
「邪魔」
「うぉっ!まっきー。なんだよ、ひさしぶりじゃーん」
「ん」
あっさりと片山を片付けて座敷に上がった槇と、槇のおかげで何とか座敷に上がれるようになった比嘉と空井がようやく座敷に腰を下ろすと、店員が熱いおしぼりを運んできてくれた。
「室長、ご無沙汰してます」
「ん。久しぶり。お前も変わりない?空井」
「おかげさまで。室長もお変わりないですか?」
「お前ほど東京との往復してないからね」
ぽっと耳が赤くなった空井は、へどもどと頭を下げた。
未だに空自の関係者とも密に連絡を取り合っているし、リカともやり取りがある鷺坂は、空井がどのくらい往復しているのか、きっちり把握しているのだろう。
「いや、あの、それほどでもないですよ!」
よしよし、と片手を上げた鷺坂はわかっているとばかりに頷いた。
オーダーが入って、全員の目の前にビールが運ばれてくると、ひとまずは乾杯となる。お疲れ様、と声をかけて久しぶりに集まった顔ぶれを見ながら、ぐいっとビールを飲み下した。
「で?片山。お前は最近どうなの。奥さんとうまくやってんの?」
事前に空井や槇ともメールをやり取りしていた鷺坂は、二人からメールで頼まれていた。
『どうやら片山三佐が惚気る相手がいないので聞いてほしいらしい』
『のろけ話を張り合う相手がいないのでちょうどいいと思っているらしい』
こんな話を聞いていれば早めに話を振っておくのが賢明だろう。
「それがですね……」
その場にいた男たちは、内心では【キタ!】、と思っていたがそ知らぬふりでビールや運ばれてきたアツアツの串焼きに手を伸ばす。
「……全っっっっっっっっ然うまくいきすぎちゃってー。ほら、うちの嫁、めっちゃくちゃお嬢で可愛いじゃないですか。もう近所でも評判で評判で」
「あ、ああ、そう。そりゃよかった」
「奥さん連中ってんですか?そのなかの仕切ってるおばさんが悔しいらしくて?もう目の敵にするんですけど、可愛いじゃないですかぁ、うちの嫁」
少しずつソロソロと片山からほかの面々が離れていくのに気づかない片山はさておきにして、鷺坂が比嘉の肩をちょいちょい、とつつく。
「いつもコレ?」
「大体」
大きく頷いて、2杯目に日本酒を頼んだ比嘉は、にっこりと笑みを浮かべて鷺坂にもお銚子を差し出した。
「基地じゃ、この勢いでぐいぐいいくんで、男性陣だけじゃなく、家族会の方でも奥様が難しい立場に追いやられているみたいでして……」
「……はーん」
それを聞いて、なるほどと鷺坂は頷いた。確かに忘年会はやりたかったのだろうが、比嘉が何も言わずに片山の使い走りのような真似をするとは思っていなかっただけに、ようやく腹に落ちる。
困った奴だねぇ、と思いながら槇の顔を見た。