FLEX141~夢見月花見月 (甘口)

大祐が飲むときは徹底して飲むか、あっさり断って帰ってくるか。
大抵が二つに一つである。

晴れて婚約期間に突入したばかりで、毎週でも会いたくて仕方がないというのに、週末も仕事が入れば身動きが取れなくなる。ただ、その分、意外なところで出張、という機会にも恵まれることがある。

週末泣く泣く、東京へ来ることを諦めた大祐からその連絡が来たのは月曜日の夕方だった。

『リカさん。明日から木曜日まで東京になりました!出張!夜会えますか?』

「あ、会えますかって……」

一体どこに泊まるつもりなのだと、メールの画面を見て拗ねたくなった。真面目なところは変わらなくて、こうして出張で東京に来ることができても、仕事だからとホテルに泊まろうとしたりする大祐に、時折、距離を感じてしまうのだ。

携帯を眺めながら、ついついデスクに座っていることも忘れて呟いてしまう。

「……もうちょっとなんかあってもいいと思うんだけど」
「稲葉さん?」
「うわぁっ!な、なんでもない、なんでもない!」

独り言なのか話しかけられたのかと、覗き込んできた珠輝に飛び上がったリカは慌てて、携帯を裏返した。
それを見れば一目瞭然である。
にやぁと人の悪い笑みを浮かべた珠輝がリカの手に隠された携帯を指差す。

「さては~?空井さん?ですね!もう、ラブラブなんだから~!仕事中に愛してるよ、とか送ってきたんじゃないですか?」
「ばっ!!馬鹿なこと言わないでよ!!これは、これは、その……ちょっと、よ、予定の確認!そう、予定の確認よ!」
「怪しいなぁ~」
「いいからもう仕事して!!」

稲葉さんだって、という声を聞きながらも無理矢理珠輝から離れて、廊下にでたリカは、もう薄暗くなってきた表が見えるガラス窓の前で、メールを打ち始めた。

『会えますよ。大祐さんは、会って、そのままどこかへ泊まりに行っちゃうんですか?』

打つだけ打ってから、ダメダメ、と首を振って削除する。
いくらなんでもこんな恥ずかしいことを書けるわけがない。

―― これじゃ、泊まりに来てほしいって言ってるみたいじゃない……

改めて当たり障りなく、もちろん、会えるとだけメールを返すと、携帯が震えた。
電話の相手は、たった今メールを送ったばかりの相手である。

『もしもし!空井です』
「もしもし。稲葉ですけど」

全く変わりない電話の第一声もお互い顔を会わせるたびに笑ってしまうがいまだに解決はしていない。ついつい口元が緩んでしまうのを隠す様に、廊下に背を向ける。

「空井さん、たった今メールを返したのに」
『見ました!見たから嬉しくてつい、電話しちゃいました。週末会えなかったのにリカさんに会えると思ったら嬉しくなって!』

きっと今頃、リカと同じように廊下の片隅にいるのに、満面の笑みで、知らず知らずのうちに声も大きくなって、後になったら周りの人たちにからかわれるんだろうなぁと思いながらも、やはり嬉しいものは嬉しい。

「私も嬉しいです。えと、予定は後で、帰ったらゆっくり教えてもらえますか?」
『もちろんです!絶対後で電話します』

会話の合間に、ああ、とか、やった、とか小さく呟いているのもちゃんと性能のいい携帯は音を拾っていて、聞いている方も口だけでなく、顔が目いっぱい笑ってしまう。

「空井さん、ダメですよ。まだ仕事中なのに」
『や、だって、嬉しくて。あ!ごめん。仕事の邪魔だよね。ごめん』
「いえ、いいんですけど。早く電話を切らないと、早く仕事を片付けて、早く家に帰れないんです」

少し悪戯心を起こしたリカの言葉に、電話の向こうでは神妙な声がはい、と答える。

―― 嬉しいのは私も一緒なんだけど

「だから、早く家に帰らないと、早く電話をもらえなくて、明日の予定もゆっくり聞く時間が取れないと、悲しいなぁって」
『…………あぁっ!!』

思わず携帯を離したリカは、じと、と携帯を睨みつけた。

「空井さん。私の鼓膜が驚いて逃げ出します」
『ご、ごめん。ようやく分かった。そうだよね!早く帰らなきゃ!俺、出張の支度もあるし。あ、絶対電話するから!』
「はい。じゃあ、またあとで」
『またあとで』

そういって、携帯の電話マークにそっと触れた。両手で携帯を包み込むとくぅ~っと一人でじたばたと顔の前の携帯を握りしめる。

―― 明日って言ってた!木曜日までって……

もう一度メールを開いて読み直しては嬉しさに顔がほころんでしまう。

よし、と無理矢理顔を引き締めて急いで席に戻ったリカは、驚くべき速さで仕事を片付けて、あっという間にお疲れ様!と言いながらフロアから姿を消した。

―― 中甘へ続く

投稿者 kogetsu

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