FLEX143~夢見月花見月 (大甘)

「……比嘉さんっ!!」

制服姿の大祐は、生暖かい笑みを浮かべて、赤べこのように首を振っている比嘉に奥歯を噛みしめるように詰め寄った。

「……なんっでっ!」
「仕方ありませんよ。たまの出張ですからねぇ。親睦も重要な任務です」
「だ……からって!」

―― リカさんと会えるのを楽しみにしてたのにっ!なんで飲み会なんて入れるんですか!

ゆっくりと椅子を回して立ち上がった比嘉は、空井の肩を掴むと笑顔を顔に張り付けたままでぐいっと大祐を廊下へと連れ出してしまう。

「空井一尉」
「な……、なんですかっ」
「今にも噛みつきそうな顔してますけど、そんなんで大丈夫なんですか?」
「何がですか!」

比嘉のまるい顔は、笑顔と言ってもいろんな意味を裏に隠し持っている。よくよく見れば目の奥が全く笑っていないまま、すうっと口元の笑みが引っ込んだ。
こういうときの比嘉は、下手をすると片山などよりはるかに怖い。

じり、と後ろに下がった大祐に一歩にじり寄った比嘉が、大祐を見上げた。

「わかってますか?空井一尉。久しぶりに稲葉さんに会えることで舞い上がっているのかもしれませんが、同じくらい、緊張してるみたいですけど?」
「えっ。僕、いや、あの、自分、あ……。もう……」

何かを言いかけて全く文章にさえなっていない状態で、とにかく手振りで何かを伝えようと動かした大祐が、片手を握りしめて自分の掌に打ち付けた。

「緊張っていうか……。何なんですかね。こういうの。毎日電話だってしてて、会えるのも楽しみなんですけど、なん、なんっかこう……」

一日中、足元がふわふわと落ち着かないような状態だった大祐を見ていた比嘉が、出張で来た大祐との飲み会をあえて阻止しなかったのは、大祐のその姿を見ていたのもある。

「ま、そういうときは、一杯ひっかけてから会いに行くくらいがちょうどいいかもしれませんよ?」
「……そうでしょうか」
「ええ。先輩の言うことは意外と信用できるもんですよ?それに……」
「それに?」
「いや。1次会で解放できるようにしますから、さ。諦めてくださいね」

各方面から、大祐を素直にリカのところへ行かせるな、という指令が飛んでいるのだ。

―― 一次会くらいはお付き合いしてもらわないと各方面に顔が立ちませんからねぇ

近頃、怪しくなってきた髪をそっと手で押さえるようにしてスタイリングを整えると、空井を連れていく看守のような顔で広報室へと戻って行った。

一次会のシメのあと、店を出て引き留められたものの何とか振り切って、駅へ向かう。
途中で、どうしても飲みが入ってしまって遅くなると連絡すると、すぐにメールが返ってきていた。

『じゃあ、私は先に帰って待ってますね』

それを読んだ時は一気に頭に血が上った。

―― え?!えぇ?!帰って待ってるって。待ってるって俺、リカさんちに帰っていいの?!

どう返そうか、迷っているうちに大きな声で呼ばれてしまい、急いで何かを返さなければいけないと慌てて打った。

『なるべく急いで帰ります!リカさんのところに』

それを見たリカが、両手で顔を覆ってじたばたとしていたことなど知らず、焦りながら早く解放されるために勧められるまま飲んだ大祐はそこそこ酔いが回っていた。

「ったく、お前、そんなに急いで帰ろうとすんなよ」
「いえいえ、明日もありますし!久しぶりの東京なんで、遅刻しないようにしないと……」

両脇から絡まれている大祐の前に比嘉が割り込んで、笑顔のまま大祐の身柄を引き離す。

「まあまあ。空井一尉も久しぶりにこちらに来ているので、予定もあるでしょうから。残りは私が付き合いますし」
「比嘉~!なんだよ、空井を庇うのか~?大体、お前、久々ってどうせ野郎同士だろ?でなきゃ土産の一つも持ってるはずだしな」

その言葉にはっと我に返ると、手土産の一つももっていないことを思い出す。比嘉にさりげなく離れるように促されてそっと集団から離れた大祐は駅まで向かう途中、24時間のスーパーに飛び込んだ。

はーっと息を吐いた自分が酔っている自覚はないものの、どうにも素面でリカの家に行くのは心拍数が上がる。あれから東京に来た時はリカが東京駅に迎えに来ていたり、どこかで待ち合わせをしてからリカの家へと向かっていたから、一人でリカの待つ部屋へ向かうのは初めてなのだ。

「あー……。緊張してきた」

最寄りの駅について、表に出ると、リカの部屋はすぐ近くだと思うだけで舞い上がってしまう。
マンションの場所も、部屋もわかっているのに、いちいち足が止まる。

一階で、リカの部屋の部屋番号を呼び出すと、すぐにリカの声が聞こえた。

『はい……』
「あ……、あの」
『空井さん?』
「だ、ダメですよ!僕が名乗る前にそんな風に言っちゃ!」

女性の一人暮らしなのに不用心すぎる、と反応した大祐に一瞬黙り込んだ後、目の前の自動ドアが開いた。

『……空井さんじゃないなら帰っていただいて構いませんが』
「あ、あああっ!行きます!」

ちょっと硬い声が聞こえてきて慌てて人気のないマンションのエントランスを抜けてエレベータを目指した。足早に部屋の前まで急ぐと、チャイムを鳴らす。

『……』

インターフォンに反応があったことはわかったから、そこに向かって顔を近づける。

「リカさん、あの、俺です」
『……“俺”なんて人知らないです』
「!……空井です」

打てば響くようなこの反応に苦笑いと怒っているかも、と思いながら待っていると、鍵を外す音が聞こえてそっとドアが開いた。

「……ごめん。遅くなって」

ドアに手をかけて大きく開くと、逆にリカが手を離し内側へと下がる。後ろ手に手を組んで、むぅとした顔を足元に向けていた。

「……怒ってる?」
「そうじゃなくて!……待ってたのに……あんなこというから……」
「え?あ、今の下の?」
「そうですよ!すっごく楽しみにして待ってたのに……。大祐さんが来てくれるの」

少しだけ泣きそうにも見える顔に大祐の中でカチッとスイッチが入った。
仕事用の鞄も荷物も手にしたまま、一歩踏み出した大祐は目の前のリカを思い切り抱きしめる。がむしゃらに、抱きしめて、驚いて目を丸くしているリカに強引にくちづけた。

「……んっ」

一瞬なのか、ものすごく長い時間なのかわからない。
お互いに、抱きしめた相手がリアルに感じられるようになって。

大きく息をついた大祐が腕の力を緩めた。

「……ごめん」
「……なにが」
「あ、や……。その、待たせたこととか、待っててくれたのにあんないい方しちゃって……。でも!ほんとにあんな風に出ちゃ駄目だから!」

ふにゃっとくだけた顔になったかと思ったら、すぐ固い顔でこれだけは、という。そんな大祐に、もうっ、と呟いてリカはその手を握った。
ぐいっと引っ張って部屋の方へと連れて行こうとするリカに、慌てて手を伸ばすと鍵を閉めて靴を脱いだ。

部屋の真ん中まで大祐を連れて行ってからリカが振り返る。
む、と口元を引き結んでいたリカがぱあっと笑みを浮かべた。

「おかえりなさい」
「……ただいま」

お互いにはにかんだ笑みを浮かべてからリカが少しだけ背伸びをして大祐の首筋に腕を回すと、大祐もリカの体に腕を回して抱きしめる。

「すっっっごく会いたかった!!」
「……私も。会えて嬉しいです。……だって、空井さん素っ気ないから」

続けられたその一言に驚いた大祐がリカの顔を覗き込む。

「え?!俺、だって、会えるって喜んでたよね?!」
「でも、でも……。うちに来てくれるのかもわかんなかったし……、出張だからご飯食べたりとかしか駄目なのかなって……」
「そんなことないよ!俺、勝手にそんな……、リカさんちに泊まれるとかずうずうしいかなって思って……」

思わず零れたお互いの本音に驚いて、顔を見合わせていると、大祐の持っていたビニール袋ががさっと音を立てた。

「あ、これ。ご飯、一緒に食べられなかったから、お酒くらい一緒に飲みたいなと思って、お土産、何も買ってこれなかったから」

袋に入っている女性が飲みそうな可愛らしい瓶やビールが何本か入っている。全部銘柄が違う。

「ビールとかなにがいいかなって思って、一緒に色んなのを飲むのもいいかなとか……」

袋の中を覗き込んだリカはくすっと笑った。それを受け取ったリカは、キッチンへと足を向ける。

「大祐さん。荷物置いてゆっくりしてください。なんだったら先にお風呂、使ってゆっくりして」
「ありがとう。でも……、本当に泊まってっていいの?」

鞄を置くだけは置いた大祐が途方に暮れた顔を向けたのをみて、リカは袋を置いて部屋の奥へと足を向ける。クローゼットからトレーナーの上下を取り出すと、それを大祐に差し出した。

「これ。この前来てくれた時、荷物とか着替えとか、大変かなって思って……。あの、し、下着とかはわかんないんでせめて部屋着代わりになるかなって」

差し出されたトレーナーを受け取った大祐はしばらく固まってしまう。リカの部屋に自分のための着替えが置いてある。そのことに固まってしまう。

「サイズとか!わかんなくて……、好みも違うかもしれないんですけど。大祐さん?」
「いや、すごく、嬉しいよ。すごく意外だっただけで、なんか、俺のためになんか用意してくれてたなんて」
「当たり前です。……か、彼氏のためですから」

自分で言った言葉に自分で恥ずかしくなったのか、ぱっとキッチンに逃げて行ったリカが可愛くて、ぽん、とトレーナーを叩いた。

「ありがとう。後で着替えさせてもらうね」

そういって、上着だけを脱いでネクタイを緩める。座ってください、と言われてソファではなく、床の上に腰を下ろす。

「やだ、大祐さん。床の上じゃなくても」

グラスと大祐が買ってきた酒を運んできたリカが、テーブルの上に広げていた雑誌を片付けて広げだす。

「おつまみとかなくてごめんなさい」
「いや、全然。リカさん、どれ飲みます?」
「じゃあ、これ」
「はい。俺はこれかな」

それぞれに飲むものを選んで、揃ってあけた。グラスはこれだけたくさんだと結局そのまま飲むことになると止められて、缶やボトルから直接飲むことにして、乾杯と軽く当てて口にする。

「あ、美味しい」
「うん。こっちも軽いかな」
「大祐さん、今日はずっとビールだったんですか?」

微妙な距離感で傍に座ったリカに頷く。久しぶりだからと現広報室のメンバーや、広報室時代に世話になった人たちなど、男臭い限りだが、付き合いもある。

「あと、焼酎を少し。昔の広報室メンバーと違って今日飲んだ人たちは、もうピッチが早いからなるべく酔わないようにしたんだけど、やっぱり皆強いから」
「皆さん、よく飲むと思ったけど、それ以上って……。あ、こっち飲みます?」

何気なく飲んでいたボトルを差し出したリカに、大祐も自分が飲んでいたビールを差し出した。手にして口元に持って行ったところで、ふっと手を止める。
ん?とリカが大祐の顔を見ると口元が何とも言えずに歪んだ。

「どうかしました?」
「いや……」
「あ!やっぱりグラス使います?」
「違う!逆!」

―― キスもその先も知っているのに、今更間接キスになることに喜んでる俺って……

こく、と一口飲むと、いかにも女性向きな柑橘系の味が広がる。

「こっちもおいしい」
「このくらいのが好き?」
「うーん、何でも飲みますけどね」

どれも350ml程度の小さな缶だけに、それほど時間はかからずに飲んでしまう。二つ目をあけて、久しぶりだからと話は止まることがない。

「明日の夜は絶対、まっすぐに帰ってくるよ」
「なりゆきで構わないですよ。連絡もらえたら合わせます」

ふっと持ち上げた缶の軽さにリカは、我に返った。

「ごめんなさい。全部飲んじゃった……」

半分くらいまで飲んだら交換しようと言っていたのに、つい話をしている方に夢中になって全部飲んでしまった。ちらりと時計に視線を走らせた大祐は、軽く首を振った。

「いいよ。でも、味見だけしていい?」
「え?でも、もう」

ないよ?

大きな掌がリカの首筋から頭に伸ばされて、引き寄せられた、と思った時には唇が重なっていた。
するっと滑り込んできた舌が口の中に残る香りを味わう。微かに伏せられたのをみて、大祐はもう片方の腕を伸ばした。

投稿者 kogetsu

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