「あったかくなったよねぇ」
「ほんとだね」
鴉の行水である大祐は、帰ってきて着替えるのと同時にバスルームに向かってあっという間に済ませてしまう。
そのあと、バスタブに張った湯に夕食をとった後ゆっくりとリカが入る。
今夜は少し早目に入った後、ジャージのロングスカートをはいたリカはソファの前の床に直に座った。
「早い……。ん?」
「あったかくなってきたからね。サンダルとか急に履くこともあるかもしれないし」
そういって、片膝を立ててリカは小さなカゴに入ったマニキュアをテーブルにいくつか並べた。透明なボトルを手にしたリカが、真剣な顔で足元の爪にゆっくりと塗っていく。
塗っているマニキュアが服につかないように、少しスカートを引き上げているから、すぐそばのラグの上に横になって雑誌を読んでいた大祐の視界はなかなかセクシーなものになる。
慌てて雑誌に視線を戻した大祐は、相槌を返した。
「そういえば、リカってピアスと爪だけはきれいにしてるイメージがある」
「だけは、ってことないでしょー。でも、忙しい時は他は諦めてもそれだけはっていうのもあるかなぁ。なんでも放り出したくなっちゃうんだけど」
確かに忙しい時は、帰ってきて、夕食をとって、さらに仕事をして寝る、という状態で、髪もばさばさにしている時がある。そんな時でも、ピアスはちゃんと服に合わせて変えているし、爪もはげたりはしていない。
「化粧は当たり前じゃない?人の前に出る仕事だし。でも疲れちゃうと、どうでもよくなっちゃって、服とかも毎週同じローテーションだったりしちゃうんだけど。爪の先って、仕事してて目にはいるのね。だから、爪だけはきれいにしておきたいの」
「ふうん?でも、だったら塗らなくてもいいんじゃないの?」
「そんなことない。なんか、きれいに塗れてたらちょっとだけ気分はあがるでしょ」
ふうん、と呟いて、テーブルの上に置いてあった透明なボトルを手に取る。液体の中で固まらないようにだろう。小さな玉が転がる。
ベースコートと書かれたそれを置くと、リカは次のブラウン系に光るマニキュアを塗っていた。
「これ、どのくらいで乾くの?」
「ん?結構、すぐ乾くよ」
小指から塗り終えたリカは、手の指に塗り始めていた。膝まで引き上げたスカートの間から白い腿が覗いている。
扇情的な姿に視線が彷徨う。
艶めいた爪に女の子だなぁと思う。
「触っていい?」
「ん?うん。足はもう乾いたはず……」
つん、と爪の先で小指の端に触った大祐はきゅっと指先に感じるエナメルの感触を確かめてから順に指先をなぞる。
「ほんとだ。乾いたね」
「でしょ?」
ふーっと指先に息を吹きかけながら塗り終えた手を広げる。
「みて。綺麗に塗れた」
そう言われたら、言われたら顔を上げなきゃいけない。
つま先からきれいな足をなぞって、顔を見上げた大祐は、嬉しそうに手を返したリカににこっと笑った。
横になったまま、本当に綺麗だね、と言って片足に手を伸ばして顔の前に引き上げる。艶やかな爪先にキスして、驚いた顔のリカを見上げながらゆっくりと舌を見せて口に含む。
「なっ……、なにし……」
「こういう映画、あるんでしょ?」
真っ赤になったリカを見上げながらもう一度、親指と人差し指の間に舌を這わせた。舌を動かしながら視線で撃墜する。
ほんのり、湯上りで上気していたリカの体から、体温が上がるのと同時に甘い香りが漂う。
肘をついて、体を起こすと膝の内側に口づけた。腿の内側に強く口づけて跡を残す。
一瞬、リカが眉をひそめて顔を逸らしたのを見逃さなかった。
ぱっとリカから離れた大祐はテーブルの上のマニキュアを、リカが持ってきたときの様に小さなカゴにマニキュアを戻す。
「かたづけるよ?これ」
「……うん」
「早く寝た方がいいよ」
ぽん、とリカの頭に手を置いた大祐はリカが広げていた道具を片付けて、そ知らぬ顔でベッドに足を向けた。
―― ……ずるい
煽るだけ煽って、知らん顔をしている大祐が悔しくて、ばふん、と大祐の隣に横になったリカは背中をくっつける。温かさが伝わってきて、胸の内の悔しさの正体に目を瞑る。
爪の先の艶は女だから。
艶にそそられるのは男だから。
そして……。
——end