FLEX147~ありふれた週末A

帝都テレビの情報局の中は、カレンダー通りというより、曜日通りの勤務である。
とはいえ、世間はゴールデンウィークだとにぎわっているわけで、交通情報や行楽地の混み具合、高速道路の渋滞情報など、いつもとは違う内容が含まれていた。

「……なんかぁ、いい加減慣れてきたし、別に平日も自由度が高いからいいんですけど、なんっかこう……ちょっと悔しい気がしません?」
「んー?何よ。珠輝」
「だって、世間は昨日も今日もお休みの人とかたくさんいるんですよ?」

朝の通勤電車もいつもとは違う。空いているはずの電車が混んでいて、混んでいるはずの電車が予想以上に空いていたりする。こんなときは、得した気分が半分と、損した気分が半分だと言いたいらしい。
くるっと椅子を回したリカは、久々にスカート姿の珠輝を見る。
ディレクターになってからリカを見習ってなのか、パンツ姿が多かったが、今日は金曜日でもあり、世間では連休前ということもあるのか、ふわりとした可愛らしい格好だ。

「いいじゃない。平日にお休み貰えるんだし」
「そうですけどぉ、なんか友達からもツイとか来ると悔しいじゃないですか!」

こんなところに来てます、おいしいもの食べてます、というツイッターやメールが続々と入ってくるらしく、手の中の携帯を憎らしげに手の平で叩いている。
苦笑いを浮かべたリカは、そんな顔しないの、と言ってひきだしに入れておいたチョコの包みを珠輝に差し出した。

「大津君も今日は取材なしで中なんでしょ?二人で早く帰れるじゃない」
「……それはね、そうなんですけど。でも、なんかお日様の下でデートしたいじゃないですか!」
「明日も明後日の日曜も、天気予報は晴れです」

何ならテルテル坊主もつけようか、というリカに、チョコレートはちゃっかりもらうだけもらっておいて、拗ねた顔の珠輝は携帯を握りしめて廊下へ出て行ってしまった。きっと、大津にでも電話しに行ったのかもしれない。

―― あのくらい素直だと大津君も大変だろうけど、可愛いんだろうなぁ

一緒にお日様の下でデートしたい。

「……はぁ」

小さくため息をついてリカは携帯を見た。
昨夜は、大祐が飲み会だったからあまり話す時間は取れなかったが、いつもより機嫌がよかったことは確かだ。今日は早く帰れるなら外で食事でもしようか、とメールが来ていたが、未だに返せていない。

その時、携帯が手の中で震えて、メッセージの着信を知らせてくる。

『リカ。今日ははやくおわりそう?』

その後ろに、犬のスタンプがぶんぶん尻尾を振って送られてきた。
いつだったか、リカがウサギなら大祐はわんこだと言われてから、本人は特に嫌でもないらしく時々使ってくるのだ。ぱたぱたといつまでも尻尾を振り続けるアニメーションにはぁ、とため息が出る。

本人もこんな感じだから、左手に指輪をつけるようになっても未だにドキドキしてしまう。

『おわりそうです。なにかおいしいもの、食べたいです』

精一杯の甘えを送ると、すぐに返事が返ってくる。

『やった!終わったら連絡するね。俺の方が早かったら迎えに行くから!』

―― ああ、もう……。うちの旦那さんはどこまで優しくて甘やかしてくれるんだろう

そろそろ新婚というのも終わりかなと思うくらいなのに、こんなことで喜んでくれる大祐の気持ちが嬉しくて、恥ずかしくて、つい意地を張ってしまう。小さくしょうもないなぁ、と呟いた。

「稲葉ー。お前、例の……。なんだ?その顔」

会議から戻ってきた阿久津がリカの背後を通りすがりに一瞬、リカの顔を見てひく、と顔をひきつらせた。
顔を上げたリカは全くの自覚がなく、何だろう、と立ち上がると、ひらひらと手を振った阿久津は、手帳に視線を戻す。

「は?」
「……いや、いい」
「なんですか。顔に何かついてます?」
「……お前なぁ。仕事中に、満面の笑みを向けられてみろ。……不気味だ」

メガネの奥から吐き捨てるように言った阿久津に、ひどいじゃないですか!と噛みつきたかったが、それよりもあたふたと自分の顔を押さえてしまう。

―― 満面の笑みなんて浮かべてないしっ!!

深いため息が聞こえてきて、もういい、と駄目押しのように追い払われたリカは、すとん、と自分の席に腰を下ろす。
結局、自覚はないものの、リカもかなり大祐に感化されてきていた。

曜日通りとはいえ、やはり、有休をとるスタッフもいないわけではない。帰りがけは少しだけばたばたしてから足早に局を出ると、大祐が迎えに来ているはずのベンチへと急ぐ。
いくつかあるなかで、スーツ姿の人影を見つけたリカが駈け出した。

「ごめんなさい!待たせて……」

勢いよく頭を下げた後、なんの反応も帰ってこないので、恐る恐る顔を上げると、にこにこと笑みを浮かべた大祐が両腕を広げていた。

「……え?」
「ハグ」
「あ、あの……」

リカが戸惑っていると、両腕を開いた意図を伝えてくる。それは言われなくてもおおよそ検討がつくが、こんな人目のある場所で、ハグと言われても困る。

「怒ってないから。ハグして?」
「えぇっ?だって、あの……」

ここでは、と周りに視線を向けたリカの手を大祐が強引に引っ張った。

「きゃっ!」

バランスを崩したリカを抱き留めるように立ち上がった大祐が、全力でリカを抱きしめる。大祐のスーツからは外の匂いと、少しだけ大祐自身の匂いがした。

「お疲れ様っ!リーカーっ!!」
「ちょ、大祐さんっ!!」

慌てたリカが、ぱたぱたとその肩を叩く。渋々と緩められた手がリカの手を掴むと、しっかりと指を絡めた恋人繋ぎになる。急いできたからと大祐から少し離れようとしたリカの気持ちなど関係ないとばかりに繋いだ手をぽんぽん、と軽く叩く。

「えへへ。なんか休みってわくわくするよね。別になんてことないんだけどさ」

大祐は、ベンチの上に置いていた鞄をもう片方の手にすると、リカの手を引いてさっさと歩き出す。マイペースというよりも、その回転の速さになかなかついていけるものではない。慌てて、リカは引っ張られるようにして歩き出す。

「そんな。別に、お休みはいつだって……わっ」

急ぎ足で繋がれた手に追いつこうと急いでいると、ピタッと立ち止まった大祐にぶつかりそうになる。
くるっと振り返った大祐は、つないだ手をぶん、と大きく振った。

「そんなことないよ!リカは普通の週末と同じかもしれないけど、それでもさ。俺は休みだからリカが帰ってくるまでにご飯作ってあげられるし、迎えにもいくよ?普段の平日より、いっぱいリカと一緒にいられるんだよ?俺、すっごい嬉しくてたまんないけど!」

全力で力説する夫をまじまじと眺めたリカはぼんやりと頭の片隅で思った。

―― 三十路の男性がこんなに“わんこ”感満載で力説して、しかもなんか可愛いのって……

想像してほしい。
ゴールデンレトリバーが嬉しさ全開で尻尾を振りながら見上げてくる姿を。

自分で言っておいて、恥ずかしくなったのか、口元を引いた大祐が、ん?と少しだけ頭を下げてリカの顔を覗き込んでくる。
考えを見透かされたようで、どぎまぎと視線を落としたリカは、だんだんと尻すぼみに呟く。

「……わ、私も……、嬉しい……です、ケド……」
「よかった!さ、ご飯いこう?おいしいものだよね、なんにしようか」

会いたいとか、嬉しいとか、楽しいとか。

伝えてもらうと嬉しくて、心の中が暖かくなって。ますます、この人を好きになる。
今度はゆっくりと歩き出した大祐に連れられて歩き出したリカのなかで、かちん、とスイッチが入った。

「大祐さん」
「ん?」

振り返った大祐の手をぎゅっと握りしめて、リカは少しだけ早足で歩き出す。

「帰りましょう!家で、私、大祐さんと一緒に作ったご飯が食べたいです!」

ちらりと振り返ると目を丸くした大祐が、ぱぱぱっと赤くなった。

「どしたの、急に……」
「私……。私には、おいしいご飯は大好きな人と一緒に食べるご飯だから」

早口でそういうと、ぐいぐいと大祐の手を引いて再び歩き出す。

「わかった」

ぽん、とそう言われてリカが振り返ると、嬉しそうに早く帰ろう、と大祐が言った。

 

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貢物でね、いくつかあったお題のなかで「わんこ」がチョイスされたんですが、腕が鈍ってまして・・・。なんていう・・・とおもい、B面もご用意しております。

久々なのに、駄文でスイマセン(T_T)

投稿者 kogetsu

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