「それで、どこに行きたいの?」
朝食を食べ終えて、コーヒーを飲みながら向かい合う。うん、と頷いたリカが携帯を取り出して書き留めていたらしいものを見ながら口を開いた。
「あのね。矢本駅とか、東松島駅とか、あと、ここに来る途中に昔のT2が道路の脇にあるでしょ?あれとか、写真に撮りたいなと思って」
「へ?今のブルーじゃなくてあの昔の?道の脇に展示されてる奴?」
「そう。仙台駅とか、乗り換えの駅もそのうち撮りたいんだけど。いっぺんにじゃなくていいの。あ、近くの大きないつものスーパーとかも」
リカの希望はわかったがそれがどういう理由かがわからなくて、はてと大祐は首をひねった。
「行きたいところは何となくわかったけど、何がしたいの?」
「だから、写真撮りたいの」
そういうと、いつもの仕事用のハンディカメラではなく、私物の小さな、それでもちゃんと一眼のカメラを取り出した。
「大祐さんは、来年になったら異動もある頃なんでしょう?この前、結婚式の席表作ってたじゃない?その時に、今はどこそこにいるけど、どこにいた時に一緒だった人、とかたくさん教えてもらって、そういう事って残しておけないかなって思ったの」
「残すって……、でも、俺覚えてるよ?」
何のために?と不思議そうな顔をした大祐に、うーん、と呟いたリカがまだ見せられないんだけど、と前置きしてふわふわっと手を動かした。
「鷺坂室長の奥様のスケッチ、覚えてる?」
「ああ、あの……」
「すごく絵がきれいで、上手で、雰囲気まで伝わって来たじゃない?ああいうの、いいなって思ったんだけど、私は、ご存じのように絵があんまりうまくないし、テレビ屋なんだからビデオで、とも思ったんだけど、映像って機材がないと駄目じゃない。ビデオもそうだったけど、DVDに焼いてても、読み取れなくなったり、再生機がなくなっちゃったらだめだし、他にないかなと思ったら、写真はどうかなって思いついたの」
少しずつ、リカの思うことが見えてくる。
鷺坂の妻がスケッチで、その土地の思い出を記していたように、写真とコメントでその時や、場所を残しておきたいという事らしい。
なるほどね、と頷いた大祐も賛成、と言った。
「いいね。それなら、俺も写真に撮って、リカに話せるだろうし、日記じゃないけど、記録?なんていうんだろ」
「しいていえば、未来への想い出、かな」
東京の部屋に置いてきたアルバムを思い出す。開いてすぐのページには、入籍した時に二人で撮った写真を貼ってあった。
そこからページをめくって、左は大祐のものを、右はリカのものを張っている。やはり、見開きの最初は帝都テレビの社屋と、市ヶ谷の外観である。
二人が初めて出会った年月日を書いて、その下には当時の二人の様子を書いた。
大祐の方には、P免になって、広報官になってもなかなか思いを振り切れずに辛い日々を過ごしていたこと。リカのほうには、報道局の入口の写真を添えて、報道から異動になった事件と、先が見えなくて行き詰っていた自分自身を書いた。
振り返れば、最低だと思っても今の自分があるのはあの頃の自分がいるからだ。
今は訪問する機会がないから、空幕の写真はビデオからとったりしているが、まだまだ埋め切れるものではない。
「防衛大とかは、機会があったら大祐さんにお願いするか、槙さんと柚木さんにお願いするかしたいし、入間の基地のところも撮りたいんだけどね。それはおいおい集めていけたらいいなって」
いつか、自分達の子供にも、パパとママが出会った話を聞かれたときに、見せてやることもできる。
きっと、その子たちの記録も増えていくのかもしれない。
「……リカ」
ずいっと、手をついて近づいた大祐がリカを抱きしめた。
「なんて言っていいのかわかんないけど、やっぱりリカが大好きだよ。リカだから、俺はこんなにも好きになれたし、素敵な奥さんがいてくれるだけで、幸せ者だと思う」
「な、何?突然……」
「だって、すごく素敵だなって……。未来への想い出っていいね。僕らは、どんどん変わっていくから、その時を記録するってすごい」
離れている時間もあるからこそ、お互いの気持ちや一人の時間も伝えたいという気持ちが嬉しかった。
じわっと、なんだか涙が滲んできて馬鹿だな、と思ったが、じわりと目尻に滲んだものがばれないといいのに。
「大祐さん?」
ぽんぽん、と大祐の背を軽く叩いたリカに心配されて、リカの肩の上で首を振る。
何でもないよ、と言えばいいのだろうが、この瞬間、口を開いたらかすれた声で知られてしまう。
―― きっとばれているんだろうな
そう思ったが、リカは何も言わず抱きしめられたまま、大祐の背をそっと撫でた。いつかのように優しく撫でる手にますます、涙が浮かんでくる。
「……私も、大祐さんが大好きだから思いついたの。大祐さんが言ってくれることの一つ一つが嬉しくて、それをとっておきたくなった」
「……うん。ほんとにリカのことが大好きだ」
「もう……。大祐さん、感動しすぎ」
―― だって、嬉しいんだよ……
「あ……。なんか駄目だ……」
あはは、と小さく笑われてもそれがリカになら全然かまわなかった。悪戯っぽい笑顔で、頭を撫でてあげましょうか?とリカが言う。
「駄目だよ。それ、反則だよ。もっと泣けるって言ったじゃん」
「もちろんわかってるもの。あの時、駄目ですって言ったのに大祐さんもしたじゃない」
泣き笑いになって、二人でくすくすと笑いあって、それからもう一度、ぎゅっと抱き合うと、支度をしながら、もう一度写真を撮りたい場所を並べだした。
「じゃあ、回れる場所から行くとして、東松島駅?あとは?」
「鷺坂さんと一緒に行った、小野の仮設とか、一緒に回った松島とか、矢本駅。あとは、どこだろ……」
「えーと、一応聞くけど、北門のあたりも何にもないけど、まさかと思うけど、行きたい?」
北門、といわれてぴんと来なかったリカがしばらく考えてから、あっ、とその場所が何を意味するかやっと分かった。
ぺろりと唇を舐めたリカがすごく可愛くて、うっとなる。
「それは、ちゃんと!これを持ってきました!」
ずいっと差し出されたものをみて弾けるように大祐が笑い出した。
「っ、そんなに笑わなくても!」
「いや、……ごめんっ!でも……、じゃあ。俺のも持っていかなくちゃ駄目じゃない?」
目の前に差し出されたあのボールペンを見て、大事にしてくれていたことはわかっていたが、わざわざ写真を撮るために持ってきたと聞くとついつい笑い出してしまった。
デスクの上に差してあるボールペンを手にすると、リカに差し出す。
「はい、エレメント」
「……笑ったからいいです」
「いいから。持っていこうよ」
むぅ、と拗ねているリカの頬に軽くキスすると、リカの手からボールペンを取り上げた。2本そろえて持つと、シャツの胸ポケットに差して手を差し出した。
「行こうか」
「……」
まだ拗ねた顔で大祐を見たリカは、何かを思いついたらしく、ばふっと大祐に抱きついた。
―― 帰ってきたら、ご褒美に撫でてあげます
その囁きにぞくっとした大祐からぱっと離れると、ぺろっと舌を出して見せたリカが先に立って部屋を出ていく。
―― う、うわー……。ご褒美って……
朝起きたばかりで、こんな明るい部屋の中にいて、そんな甘いことを囁かれたら、これから夜までどうしろと言うのだろう。
やられた、と唇を噛みしめながら急いでリカの後を追う。会えば会うほど、一緒にいればいるほど好きになっていくなんて。
「やっぱ、幸せ者だわ。俺」
一人、大祐の呟きを部屋の中に残して、かしゃん、と鍵が締まった。