2人揃ってのんびりする日曜なんて久しぶりな一日を過ごした後。
週明けの暑い一日を過ごしてからお互い家に帰り着いた。安いスーツが汗だくだな、と思いながら玄関を開ける。
ふわーっと食事のにおいと明かりが見えて、ほっとした。
「ただいまー」
「お帰りなさい。大祐さん。今日、暑かったね」
台風前なのか、台風なのかよくわからないわ、といいながらリカがキッチンから顔を見せた。
涼しげなタオル地の部屋着を着たリカの顔を見ると、自然にふにゃと顔が緩む。
「リカが早く帰れてよかったよ。この時間なのにまだ外は蒸し暑いよ。風があるんだけどむわーっとしてる」
暑さをものともしないで走り回るくせに、本当は暑いのが苦手なリカがいやそうな顔を見せて首を振る。ネクタイはクールビズのおかげで締めていないが、ワイシャツが汗で張り付いて気持ちが悪い。胸元のボタンをはずしながら鞄を置いた。
「ふわ……。部屋の中涼しい」
ジャケットを脱ぎながらベルトに手をかける。はい、とハンガーを渡されて振り返るとリカが困ったように首を傾げた。
「ん?どうかした」
「……大祐さんて凶悪かも」
「なんで?」
―― 自覚がない人って……
呆れながらリカはさりげなく視線をそらした。
汗ばんだ肌をワイシャツの胸元からのぞかせて、かき上げた髪の毛がしっとり湿っている。ベッドがあるほうの部屋の隅は薄暗くてその明かりの強弱が色濃い。
「いや、わかんないと思うけど、こういう雑誌のワンショットってあるよなぁとおもって」
「雑誌?何言ってるの」
「いいのいいの。気にしないで。スーツ、消臭スプレーしなきゃね」
預かったスーツにスプレーを吹いて、壁につるす。
すでにリカは帰ってきて一度、シャワーを浴びている。大祐にシャワーを浴びるように勧めておいてキッチンに戻った。
どうしても冷たいさっぱりしたものが食べたくなるのは仕方がない。
その欲求と間を取るようにひき肉をいためて、たまねぎとパプリカを後から混ぜる。あまり料理が得意ではないリカが刻むとどうしてもみじん切りにならないのだがそこは愛嬌ということで、平らな皿にご飯をよそう。
カラスの行水もいいところでバスルームから出てきた大祐にそろそろ驚かなくなってきた。
「わ。おいしそうだ。何?これ」
「ガパオ、にチャレンジしたんだけど、なんだか、目玉焼きが固めに……」
「普通は?」
「……半熟」
くく、と笑った大祐がリカの頭をくしゃくしゃと撫でながら冷蔵庫を開けた。
「ビール飲んでいい?あ、お茶のほうがあうかな」
「いいよ。辛いの、これ」
ん、とスプーンに少しだけすくったひき肉を大祐に差し出すとそのままぱくりとくわえる。
「……やっべ、ビールもいいけど、白飯食いたくなってきた」
口元に手を当ててしみじみとつぶやいたのをみて、やった、と思わずガッツポーズが出る。
「早く食べよう。でないと、俺、リカごと頭から食いたくなってくる」
「ちょっ……!」
「冗談……でもないから早く食べよう」
冗談のようでいて、大祐の場合、あながち冗談でもないから恐ろしい。びくっとしたリカは慌てて、残りをよそって、堅めになってしまった目玉焼きを乗せると、上に彩としてわざわざ買ってきたパクチーを乗せた。
テーブルに運んで、なんとなく付け合せのサラダ代わりに、塩もみしただけのきゅうりを厚めにカットして山盛りにしたものを添えた。
「お待たせしました!」
「いえいえ、こちらこそ、急がせました。いただきます」
箸を持ったまま手を合わせた大祐は、無言のまま、箸で食べ始めたが、食べ辛かったのかリカが用意しておいたスプーンに切り替えると、見事!としかいいようのない勢いで食べていく。
それを見ながら、目玉焼きを少しずつ崩して食べ始めたリカは、違和感を覚えてまじまじと大祐を見た。
「大祐……さん」
しばらくたってからぽつりとつぶやく。休憩とばかりにビールをこちらも勢いよく飲んだ大祐が顔を上げる。
「ん?どした?」
リカの目が思い切り見開かれていて、その顔を覗き込んでくる。
「髪、昨日切りに行った?」
「え、あ、うん。リカが帰ってきた時に言ったよね?」
まさか、今まで気づかなかったというわけでもないはずだが、大祐は頭に手をやる。そこにリカが指先を伸ばした。
「……それはわかってたけど、パーマかけた?」
濡れたままの大祐の髪は帰ってきたときも、汗で濡れたようになって、癖が出てるのだと思っていたが、それが妙にきれいなウェーブに見えてきた。
細く固まった房を指に絡めたリカに、くるっと目を上に向けた大祐がこともなげに言った。
「うん、そうだけど。え、まさか気づいたの、今?」
「だ、だって昨日は切ってスタイリングされてきたからと思ったんだもん」
慌てて言い訳を口にしたリカに、初めは呆れていた大祐もじわじわとツボにはまったらしい。徐々に肩が揺れ始めて、耐え切れずに大きな声で笑い出した。
「だって!仕方ないじゃない。今気づいたんだもの!」
「あっはっは。だよね。俺もまさか気づいてないと思わなかったしさ。でもいいなー。リカ、大好きだよ」
「笑わないで!」
昼間はすごく暑くて、不愉快さはどうしても人の気持ちをささくれさせるけど、こうしておいしいものを食べて、好きな人と一緒にいられたらそれはやはり、何よりの時間だ。
―― ものすごくしっかりしてるはずなのに、こんな風に時々抜けてるところもかわいいし……
なかなか笑いの収まらない大祐に初めは赤くなって怒っていたリカも、だんだんおかしくなってきて、一緒に笑い始めた。
小さな夏の始まりの日。