FLEX16*~二人のリアル

「ただいまっ」
「おかえりなさい」

東京駅の東北新幹線、改札前。
肩にいつものショルダーバックをかけたリカが人の流れに邪魔にならないように、柱を背にして立っていた。ほかの人たちよりも気持ち、背の高い二人だから互いを見つけるのも早い。

お互いの姿を認めた後は、すぐそばに来るまでがもどかしい。はにかむような笑みに迎えられて大祐は満面の笑みでリカに駆け寄った。

リカの目の前に立った大祐の力いっぱい嬉しそうな声にくすっとリカが笑って、少しだけえっへん、と威張って見せる。

「“今日は”改札前まで来れましたよ」
「うん。ここまで来てもらうのってやっぱりこっちに来たなって気がするね。あ、でも、無理することじゃないから、それは気にしないで」

言うだけ言っておいて慌ててフォローするところが大祐らしい。荷物が少ないのは毎度のことだが、スーツ姿にビジネスバックが少し膨れているだけでは、サラリーマンの日帰り出張にしか見えないだろう。改札からでてくる人々の視線を感じて、するっとリカが大祐の腕に自分の腕を絡めた。

「大丈夫。私も来れるときしか来ませんから」
「いいのいいの。それでいいんだよ。さ、帰ろうか」

うん、と頷いたリカの仕草が相変わらず可愛い、と一人ほくそ笑んでしまう。そんな大祐の横顔を見ながら首を傾げたリカは、くいっと大祐の手を引いて歩き出した。

「今日は、何を食べたい?ここに私がいるってことは、当然まだ家にご飯はありませんけど」

堂々と言い切ったリカに大祐が笑い出した。あまりに大祐が、大きな声で笑い出したので、ドキッとしたリカがあたりへと視線を向ける。大祐のオーバーなリアクションには時々、ドキドキさせられてしまう。

「リカらしい。やっぱり可愛い」
「い、いや、そこいらないですから!もう!いいから今日のご飯決めてくださいっ」
「うん。リカは何食べたいの?」

東北新幹線の改札前からリカの家に向かうために、駅の中の大きな通りを歩いていくからリカの声を聞くために空井がぐっと近づいてくる。
急に間近になった空井の顔に、どぎまぎとリカが離れた。

「わ、私は、なんでも……。しいて言えば、和食にしたい……かな」
「じゃあ、帰りに買い物して帰る?」
「ん、一応何にもないわけじゃないんだけど、おうちご飯でいいですか?」
「もちろん!それが一番です」

腕に添えられていたリカの手をとると、指を絡めて握りなおす。いこうか、とその目が本当に嬉しそうで、リカも思わず微笑みを返して歩き出した。

リカの家の近くまで向かってから、最寄のスーパーで何にするのどうのと話しながら二人で買い物を済ませる。だいぶ慣れた足取りで部屋に戻ると、大祐がジャケットを脱いだ。
スーツのジャケットを受け取るために手を伸ばした方もそれを渡す方も自然になってきて、二人でいる時間がぎこちなさから、互いがいることを感じるのが当たり前になってきた。

部屋の中を移動する導線も、特に声をかけなくても次にきっと相手がどう動くかが手に取るようにわかる。するっとぶつからないように移動したリカが台所に置いた荷物の傍に立った。
袖をまくり上げて手を洗った大祐が、買ってきたものを冷蔵庫にしまっていたリカを振り返る。

「俺も手伝うからね」
「ありがと。でも今日は私だけでも大丈夫。だって、お魚焼いて、サラダちょっととお味噌汁でしょ?その間に、大祐さん、着替えちゃってください」
「そう?じゃあ、先に着替えさせてもらうね」

以前だったら、手伝うと言い張っていたかもしれないが大祐も素直に引いてベッドサイドに向かう。スーツを脱いで、部屋着に着替えた後、バスルームに向かう。
先に手早くシャワーを済ませてから、バスルームを軽く掃除してリカのために湯を張っておいた。

タオルを肩にかけてバスルームから出てくると、ふわっと食欲をそそる匂いが部屋を満たしている。

「うわ、めちゃくちゃ腹減ってきた」
「やだ、そんなにハードルあげないで。すっごく簡単なメニューで申し訳ないんだもの」
「いいじゃん。共働きの奥さんらしくて」

するっと大祐が口にした言葉に、どきっとしたリカの手が滑る。

「あっ」
「どうしたの?」
「ううん、大丈夫」

かろうじて手を切ることはなかったが、驚いた弾みで不格好に切れてしまった豆腐を恨めしそうに眺める。豆腐に八つ当たりするのはひどすぎる気がするが、大祐のストレートな物言いにはいまだに照れてしまう。

―― これだけは、どうしても慣れるなんてできない気がする

「リカ?大丈夫?」
「うん!ほんと、大丈夫。ちょっと不細工になっちゃったけど」

すっとリカの背後から回り込んだ大祐が、グリルの中を覗いて、リカの手元を見ながら焼いていた魚を皿の上に引き上げる。お皿を置いてからリカの手を掴んだ。

「ん。切ったわけじゃないよね」

大丈夫なのはわかっているくせに、ちゅっと指先にキスをして手を離す。
にこりと笑った大祐は先にローテーブルの方へと魚とリカが作っていたサラダを運んだ。

ごく自然に行われる大祐の行動に振り回されているリカは、ふう、と大きく息を吐きながら変形してしまった豆腐を味噌汁の鍋に落とし込む。
味噌を入れて軽く煮立ててから火を止めると、お椀によそった。

「おいしそう!やばいな、おかわりある?」

気が付けばご飯もよそわれていて、テーブルの方はもう準備が整っている。背後から手を伸ばした大祐がお椀を持っていくのを見ながら、リカが深々とため息をついた。
そうでもしなければ、この動揺を隠せなくて、恥ずかしくなる。

―― 心臓に悪いんですけど!……って自分の夫にどぎまぎしてる私って何なの?!

早く食べよう、と目を輝かせている大祐の傍に向かったリカは、自分で自分に突っ込みながら腰を下ろした。

投稿者 kogetsu

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です