「さあ、空井一尉」
多少、機嫌の悪さを見せてはいたが、座らされた大祐に比嘉が水を向けた。
「空井一尉。帝都テレビの稲葉さんが、制服について話を聞きたいそうですよ」
「制服?」
「ええ。手入れをどうしているのか、制服が面倒じゃないかって」
今では時折しか顔を合わせられない相手が目の前にいるために、比嘉とリカの顔を見比べた大祐は、どういうこと?と視線を向けた。
「いえ。あの、たいした話じゃないんです。ただ、私自身、制服って、学生の頃以来着てないものですから」
「ふうん……。えーと、手入れでしたっけ」
「ええ。僕ら、ほら。仕込まれてますから」
ああ、と頷いた大祐は、ジャケットを脱いで見せた。
「このシャツって、肩にこれがついてるので、慣れないとアイロンとかかけづらいんです。だから、洗濯した後にスプレー式の糊を使ってます。他はこまめに取り替えてクリーニングです」
「あ、ああ。はい、ありがとうございます」
自分では手出し出来ない手入れを言われて、視線が彷徨う。
隣で頷いた比嘉にあとは?と小声で問いかける。
「あとは制服の……、ま、存在意義とでもいいますか。ね?稲葉さん」
「あ、ええ。なんというか、そういう感じの……」
それを聞いた大祐がふっと口元を押さえて笑った。
「要するに、面倒くさいんじゃないかってことですね?」
目の奥がリカを見て笑っていた。その目とぶつかると、何でもわかられているようで気恥ずかしくなる。
背筋を伸ばして意地を張ってみせた。
「いえ、お手入れにも時間がかかるんじゃないかと、そういうことです」
「そうですね。それはかかりますが、それを含めて、なんていうのかな。背筋が伸びる気がします。その背中なら、誰に見られてもいいようにと思ってますね」
「なるほど。貴重なお話、ありがとうございます」
さりげない仕草で時計に目を向けた大祐に気づいたリカが、バッグを引き寄せた。
エレベータホールまで送るのはいらないと断ったリカが広報室をでて、10秒数えた大祐が広報室を出る。
「あのさ」
下りるボタンをリカの背後から押した大祐が、すぐ傍で声をかけた。
「びっ……くりする。……何?」
「そんなに制服って気になる?」
ほんの少しだけ頭を下げてリカの耳元で。
―― ……でた。空井狼……
たちの悪いと胸のうちで呟いたリカは、さりげなく距離をとる。
「たまたま企画の話があって、昔、働く制服シリーズだったなって思い出したのよ」
「ふうん?今度、どう思うのか聞かせて?」
「わ、わかったから!」
ドアが開いたエレベータに急いで乗り込んだリカは、べっと舌を出して見せた。
閉まるボタンを押した先には、思い切り笑った大祐の顔。
ほっと、ため息をついたリカが一階に着く前にバッグの中で振動がした。
すぐ携帯を取り出したリカは、片手でスマホを操作する。
『ごめん。いい間違えた。“今度”じゃなくて“今夜”聞かせて』
ぺろりと舌をだした顔文字がついていて、くっとリカは唇を噛み締めた。
—end
—熱視線—
「空井一尉」
「はい」
緊張の面持ちで何度も帽子をかぶりなおしている広報官は浜松に来て初めて広報官になった隊員だ。
まるでいつかの自分を見るようで、大祐は笑いをかみ殺す。
「あの、あの自分。て、テレビ局の取材なんて初めてで……」
ここまでアテンドしてきて、目的も何もかもわかっているはずなのに、いざカメラの入る当日となるとやはり緊張するらしい。
「何も慌てることはないよ。相手はプロだから。それにさ、始まってみればわかるけど、視線を感じると、自然と背筋が伸びる」
「でも、僕らは普段から姿勢は悪くありませんよ?」
ふっと笑った大祐はくればわかる、といって帽子を整えると席を立った。
慌てて後を追った隊員が青空を背に立つ大祐の背中を見る。
「……感じるんだ。俺を見てるんじゃなくて、俺たちを見てる人の目を。それって、いろんな風になるんだ。冷たい風が吹くときもあれば、ものすごくあったかい風が俺たちをあの高みまで押し上げてくれることもある」
「はぁ……」
「それを考えたら上がったり迷ったりしないよ。大丈夫」
そういって笑った大祐は、空を見上げる。
いつもまっすぐに突き刺さるような熱い視線は今も大祐の顔をまっすぐに上げさせる。
―― リカ。君の目が……