FLEX167~遊びってやつは

さすがに、今日の今日での飲み会は都合が合わず、カップルをからかう宴は週末に日延べされた。

平日の合間に挟まれた祝日は新設されたばかりのもので、特集や特番で仕事が詰まっていたのは先週までのこと。
休みの当日は、存外手があくもので早々に引き上げた藤枝は、ひそかに気に入っている彼女の部屋にいた。

自分の部屋とは違って、そもそも人を招き入れる気がないのだと一生懸命言い訳していた彼女の部屋は、藤枝の部屋よりも物が多い。
といっても、片付けられていないというわけではなく、例えば雑誌も経済紙からファッション誌まで幅広いし、ハードカバーの本から文庫本まであるし、キッチンには料理雑誌がおいてある。

彼女なりのルールがあるらしく、その部屋にはそのカテゴリの物がある、ということらしいが、リビングには一切のものを置かない藤枝には逆に面白く居心地がいい。

普段、あまり手にしない専門書をめくりながらテレビを流し見している隣では、せわしなくキーボードの音が続いている。

「会社、休みじゃないの?」
「交代制。明日が一番少ないかなぁ?」
「そうなの?」
「うん。1日だけだからみんな休んで連休にするみたい」

モニターから目を離さないが、聞いていないわけではない。仕事で慣れているらしく、ながら作業でもなんてことないらしい。
ただ、そんな朋だが藤枝との距離もだいぶ変わってきている。

今も、ソファを置かず、仕事をするときは仕事用のデスクでするのがルールだったが、今はノートPCをテーブルにおいて、藤枝の隣に座っている。時々、気まぐれに藤枝が寄りかかるのを自然に受け止めて、ふわふわの髪を撫でてくるのも心地いい。

「携帯ゲーム、なんか、一瞬でもうピークが過ぎそうってほんと?」
「んー。ダウンロードされることをピークっていうのとも違うんじゃない?日常のほかのアプリと同じように溶け込んだっていう方が正しいのかも。ほかのアプリゲームだって、やったりやらなかったりするでしょう?」
「なるほど。一応、俺も入れたんだよ?」

局の中にもいるんだよね、と呟いた藤枝に、ぴたりと途切れなかった音が止まる。
バラエティ番組の笑い声が大きく響いて、藤枝は顔を上げた。

「どうかした?」
「……迷ってるところ」

彼女の性格からして、どうしていいかわからないまま引いてしまうなら、いっそ、困ってることをいう、というのが藤枝が無理矢理約束させたことだが、そのおかげで、本当は情に厚くて面倒見もいい朋の本音を引き出すことに何とか成功している。

手を止めた朋の右手に左手を重ねた藤枝は、行儀悪く半分横になっていた体を起こした。

「……あの、別にみんなやってるし、いいとおもうんだけど、いろいろ悪いことをしようと思ったらできるみたいだから大丈夫かなって心配になったの。もちろん、いろいろ報道されてるから大丈夫だと思うんだけど……」

気まずさや後ろめたさがあるのか、だんだん早口になる朋にぴたりと寄り添うと、腰のポケットから携帯を取り出した。

「いいよ。みて」
「だ、ダメっ!そういうの、無理っ!」
「いつもいいって言ってるじゃん。パスもわかってるのに」

携帯のロックは朋の誕生日にしている。推測されやすいからと顔を曇らせた朋に指紋認証もかけるからと説き伏せた。

見れば気になる、知りたくなる。
不安になる。

そして、そういうものに立ち入らない、というルールを自分に課している朋は首を振った。

「普段からそういうのがいいと思ったら、このくらいって思っちゃうもの」
「いいけどね。んで、ほら」

アプリを立ち上げた藤枝は、画面を見せた。

「名前は【T.T】。アカウントはゲーム用に新しく作ったやつ。ちゃんと身バレしないようにしてるけど、これも話題だから入れただけで、もう少ししたら削除するよ」

以前ほど多くはないが、時々取材にも出かけるだけに、広範囲な場所を移動しているように見える。朋が気にするようなことは最低限だがやってある。

「……ごめんなさい」
「なんでそこで謝るの。いいんだよ、心配してくれたんだから」
「ん」

不安そうな顔を見せる朋の手を撫でて、ごつ、と頭を寄せた藤枝は携帯をしまう。

「俺の彼女さんも少しは空井夫婦みたいに馬鹿になってくれてもいいのにねぇ」
「馬鹿って……。それは失礼じゃない?仲が良くていいとおもうけど」
「いいのいいの。だって、聞いたら呆れるよ?」

そういって、先日からの夏の女性の服装についての顛末を話し出す。
聞いているうちに吹き出した朋が再びキーボードをたたき始めた。

「か、可愛くていいじゃない。私は稲葉さんたちを応援したいなぁ。女子には女子の理由があるのよ」
「いや、そりゃ、わかるよ?俺は客観的にはね?可愛い女の子はそうすべき、と思うけどもさ」

ほとんどスーツ姿しかみせない朋のことも、はじめはいろんな服を勧めたりもした。
確かに似合うし、年相応な恰好をという朋の気持ちも分かるが、ちらりと視線が向くのもわかっていたから、藤枝としても口説きたい部分ではあったが、今はそうでもない。

朋の素足の先は今はワインレッドのマニキュアが塗られている。

「たぶんだけど、稲葉さんも佐藤さんも可愛くしてたいのは空井さんや彼氏さんのためじゃない?」

笑いを含んだ朋は、気持ちがわかる、という。

「旦那さんや彼氏に褒められたいとか、相手が頑張ってるなら釣り合うくらい頑張りたいって思うんじゃない?」
「ふうん?朋さんも思うの?」
「私はいいから。そこはね、私なんかは男性の気持ちもわからなくもないんだけど、私は稲葉さんたちの気持ちもわかってあげてほしいなぁ」
「じゃあ、朋さんがそう言ってたって稲葉には言ってやるか」
「そうして。そんな男性の多い飲み会じゃ、少しでも援軍がいないと可哀想」

くすっと笑って、一緒に来てもいいのだというが、そこは苦笑いを浮かべて、首を縦には振らなかった。
いつの間にか藤枝も定例メンバーになりつつあるのだから大丈夫だと言ってはいるが、がんとしてそこは場違いだからと頷かないことはもうわかっている。

そういえばと、再び朋の傍で横になった藤枝は画面を見ないようにしながら、話を変えた。

「今日は仕事?」
「んー……。仕事というか……。勉強のための遊びっていうか」

あと少しでできるから待って、と言われてテレビのリモコンを手にして、次々とチャンネルを変えていると、クスクスとどうやら笑っているらしい気配に顔を上げた。

「どしたの」
「ごめ……。できたよ。これ怒られるかもしれないけど、ちょっとしたお遊びね」

みて、と言われてノートPCを覗き込む。
そこは彼女の専門分野だが画面に映っていたものに興味を持った。

「これ?」
「今ね。アプリとかそういう勉強してて、ちょっと遊んでみました」

珍しく朋の目が愉快そうに笑っている。興味を持った藤枝は手を伸ばして画面を触る。

キャラクターは性別を選ぶだけのようで当然ながら男を選択した。

「これ、ゲーム?」
「うん。簡単な奴ね。しかも練習用だからそんなに作りこんでないんだけど」
「ふうん?そうなの?」

なんだろうと思いながら次に進むと、キャラクターの名前が出てくる。

『空井ダイスケ』

「……何?」
「まあ、ほら、RPGの要素で遊んでみましたってことで」

どうやらカードゲームのようで、クリックすると、すぐに何かにぶつかったらしい。

『稲葉リカが現れた!』

何をばかばかしいことを、と思いながらカーソルを向けると、相手のカードのステータスが分かるようになっているらしい。

『稲葉リカ
装備:かわいい服
アクセサリー:聖なる指輪
武器:カメラ

「……くっ」

ばかばかしくも面白くて、『空井ダイスケ』にもカーソルを向ける。

『空井ダイスケ
装備:制服
アクセサリー:聖なる指輪、無敵の定期入れ
武器:ブルー

耐えきれなくなって盛大に爆笑し始めた藤枝の手をくいっと引っ張る。

「あはははっ!まじで、朋さん、なにやってるの!」
「練習だからね、もうちょっと作りこみたいところだけど、いろいろ処理はぶいてるから勘弁してね」
「も、さいっこう。続きやる!」

ちゃんとしたものではない、と言いながらもそこそこ作り上げられている。
どうやら『空井ダイスケ』と『稲葉リカ』は戦うようだ。

『空井ダイスケの攻撃!リカは2ポイントのダメージを受けた!』
『稲葉リカの攻撃!稲葉リカは召喚の呪文を唱えた!ジュエルが現れた!ジュエルはじっと空井ダイスケをみている!』
『空井ダイスケの攻撃!ダイスケはブルーを飛ばした!リカはブルーに見とれて攻撃ができない!』

途中から腹を抱えて転がった藤枝は、腹筋が痛くなるほど笑った。

「こ、これ……やばい。ツボりすぎる……」
「よかった。でも、入ってる情報はみんな藤君から聞いたことがほとんどだからね」
「的確すぎるよ。あー、やばい。これ、携帯とかに入れられる?」
「藤君のにだけならなんとかできるよ。もともとモバイル用の練習で作ったからね」

じゃあ、入れて、という藤枝から携帯を受け取って、しばらくいじっていた朋は珍しくも少しだけはにかんだ様な笑みを見せた。

「怒られたら、ごめんね?」
「いや、これ。間違いなく飲み会のネタになるからそんなこと絶対ないと思う」
「そっか」
「気になるなら一緒にいく?」

いつもなら、自分は一番外側の人間だからと遠慮するところだが、次はね、という声に藤枝も小さく笑った。

投稿者 kogetsu

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