エレベータホールから一階に降りて建物の入り口に出る。自動扉の向こうにはもう見たことのある青い車のお尻がみえた。
リカの姿を見つけた大祐がおいでおいで、と手招きをしているから、躊躇していたリカは車に駆け寄る。
「どうぞ!」
助手席のドアを内側から開いた大祐にリカはのぞき込んだ。
「空井さん、ほんとに」
「稲葉さん!」
にこっと笑った大祐に、頷いたリカはすぐに乗り込んだ。
「ありがとうございます」
「いいえー。じゃ、帝都テレビに向かえばいいですか?」
「いえ!申し訳ないですが、人形町のほうへお願いします」
わっかりました、と明るく答えた空井は、そのまま大きな下り坂を降りて市ヶ谷の門を抜ける。門のところで入館証を返したリカを助手席に乗せた大祐は信号で止まったタイミングでカーナビを動かした。
「それで、どうしたんですか?テレビ局に戻るわけじゃないっていうと……」
「あ、それが……。さっきの電話、藤枝からだったんですが、どうしても番組で使うためにクワズイモがいるらしくて」
「……芋?」
「クワズイモ。あのー、こういう」
信号が変わって、再びステアリングを握った大祐にリカは不思議な手の動きをみせた。
「観葉植物で、つんつんしたやつとか大きな葉っぱのとかあるじゃないですか。あの大きな葉っぱのほうです」
「えっ?あのこういう狸とかが傘みたいにする……」
「それじゃないです。もうちょっとこういう……って、そこじゃなくて!」
自分から言い出したはずなのに、違う違う、と話を断ち切ると、空井はすみません、とばかりに軽く顎を引いた。
「普通はスタジオに置く花とか、小道具的なのは事前に花屋さんから借りるんです」
「えっ、あれ、借り物なんですか?全部?」
「あ、生花は別です。鉢物だけですけどね。こう、おしゃれな部屋みたいなスタジオにするときとか」
ああ、とすぐ頷いて、大祐の運転する車は、流れに乗って進む。
少しだけ眉間にしわを寄せていたリカは、ため息交じりに呟いた。
「なんで私が……」
「え?」
思わず聞き返した大祐に、リカは軽く首を振った。
「普段は前もって、ですが、ギリギリでもいつもは手配が付くものなんですが、今日はタイミングが悪くて、大きなイベントのほうにまわってて、どうしても都合がつかないみたいなんです」
都合がつかないなら、ほかの業者を当たるのもいつものことなのだが、今日、今すぐという時間に間に合わせるのが難しい。
「時間もあるので、今日は仕方なく……」
「ん?稲葉さんなら手配できるんですか?」
「いえ、うちにあるんです。だからこれから持って行かないと」
へぇ、と呟いたあと、しばらく走ってから信号で止まった大祐がぐるんっとリカを振り返った。