「お願いしてもいいでしょうか」
「もちろん」
ばちっと音がしてシートベルトを外した大祐はリカとともに車を降りた。
車を止めた場所は大通りから入ったところで、交通量もそれほど多くなさそうだが、道幅はそれなりにある。先のほうに宅配のトラックが止まっているのがみえた。
「こっちです」
「はい」
ファミリー向けというより、ぱっと見てもシングルが多く住んでいそうな規模のマンションが立ち並ぶ。洒落たマンションと古いマンションの中間くらいのマンションの一つにリカは入っていく。
入り口でオートロックのキーを回し、中に入ったリカは大祐を振り返りながらエレベータに入る。
「……ここ、この辺じゃちょっと古くなってきたんですよね。大学の頃から住んでるので」
「じゃあ長いんですか?」
「ええ」
大学生にしては少し値の張るマンションだったろうが、当時からバイトをしていたリカは何より交通の便を優先していた。
「僕なんか、引っ越しばっかりなんですよね。そんなに長く一か所に住んだことないです」
「そういう方もいるでしょうね。仕事するようになって引っ越すとか。私ももう少し広い部屋のほうがいいんですが、引っ越しの手間を考えると面倒になってしまって」
電子レンジのような軽い到着音でドアが開くと慣れた足取りでリカは自分の部屋に向かう。
部屋の前で足を止めると、大祐を振り返った。
「えと、今、ここまで持ってきますのでちょっと、待っててください。あの、恥ずかしいんで!」
「あ、ええ!もちろん、女性の部屋に勝手に入ったりしませんので」
「すみません。お願いいたします」
がちゃっと鍵を開いたリカは、部屋の中にぱたぱたと入っていく。
一人暮らしの女性の部屋に、失礼だったかなと思いながら大祐はドアの前で腕時計を見ながら落ち着かなげに立っていた。
しばらくして、リカがドアを開けた。
「……空井さん。すみません」
「はいっ!」
「……自分で言っておいてなんですが」
軽く息を切らしたリカがドアを大きく開く。
ふわりと柔らかな香りが広がった。
なんとか玄関先まで運んできたのだろうが、そこから持ち上げることができなくなったらしい。
つい部屋の中を見てしまいそうになるが、息を切らしたリカの顔を見るとそんなことを言っている場合でもなく、大祐は手を伸ばした。
鉢の縁を右手で掴み、持ち上げた底に左手を添える。
「あ!あ、空井さん、上!」
「ああっ、すみません!」
軽々と持ち上げてしまってから天井にあたりそうになってリカが慌てる。
急いで腰を落とした大祐に、リカまで腰をかがめた。
「空井さん、膝っ!大丈夫ですか?!」
「あ、このくらいなら。すぐ出ますね」
後ずさりして玄関から廊下に出ると、さすがに天井は高いため遠慮なく背を伸ばすことができる。
急いで部屋から出てきたリカが、鍵を閉めると先に歩き出した大祐がエレベータ前に向かう。
「これ、横にしないと入らないかもしれないですけど、傾けるくらいは大丈夫ですか」
「はい!」
リカには重くて持ち上げるのもほんのわずかの時間だったが、大祐は余裕で足を進めていく。車の傍で一度足元に鉢をおくと、後部ドアを開いて、大祐はうまく積み込んだ。