港南エリアは市ヶ谷へも帝都テレビへも中途半端な場所だ。
「この後の時間に何か予定は?」
「この配達があったのでとくには。局に戻って残りの仕事を片づけないと」
「あー、わかります。外に出た日って、なんか自分の席に戻らないと落ち着かないっていうか、でもそのまま帰りたいような」
あるある、と頷きながら、リカが知る道とは違う方向に大祐がステアリングをきった。
「さっきの方は、アナウンサーさん……じゃなかったですか?」
「ああ、そうです。藤枝です。ご紹介すればよかったですね。あの街角グルメも担当してるんです」
「やっぱり。一瞬、そうかなって思ったんですが、急がれてるみたいだったので」
テレビ局に顔を出すことはあっても、リカ以外の人と話をすることはあまりなくて、他の番組のプロデューサーも比嘉の様に挨拶だけでも、と顔を出せるにはまだ至っていない。
とはいえ、人の顔を覚えることもだいぶ慣れてきただけに、画面の中で見た藤枝だと認識はあった。
「やっぱ……ですね」
「はい?」
「いや……」
以前もリカにテレビ局は華やかだ、といったことがあったが、勤めている人たちもやはり大祐たちの職場とはだいぶ違う。
リアルに目にすると、藤枝の男ぶりは感心したくなるくらいだ。
―― あれはイケメン以外のなにものでもないよなぁ
海沿いに出た車は周りの流れよりは少しゆっくりと高速の下を走る。
「そういえば、空井さんはどこかクリスマスっぽいところ行きましたか?私、ちょうど特集をやったばかりなんです。銀座のクリスマスツリーは有名ですけど、今年は目新しいところがあまりなくて」
「自分はそういうのはあまり……。あ、でも」
そういえば、と思い出して、ちょっといいですか?と、信号でウィンカーを上げる。飛ばしていくタクシーをやり過ごしてから日の出桟橋のフェリー乗り場に入った。
「ちょっとだけ付き合ってください」
そういって、車を出た大祐につられてリカも急いでシートベルトを外す。車を降りると海が目の前だからか強烈な風が吹いてくる。
「こっちこっち」
何事かとおもっていると、乗船受付の建物の脇を抜けて大型の船に近づいていく。
肩をすくませながらリカが追いつくと、大祐は上を見上げていた。
「あれ。見えます?」
「あ!サンタ?」
「そう!しかもここから見ると、あんなに小さいっていう……」
大型船なので、見上げればかなりの高さである。近くで見ればそれなりのサイズなのだろうが、舳先にぶら下がっているサンタはまるでミニサイズだ。
「可愛い。なんであのサイズなんでしょうね?」
「ほんとですね。もっと大きいのでもおかしくないでしょうに」
「空井さんどうして知ってるんですか?」
こんなところ。
わざわざ見に来なければ通らない場所なのは言わずもがなで、来るとしても例えば恋人同士が夜景を見に来るような場所に大祐が来るとは思いにくい。
リカの問いかけに大祐は、苦笑いを浮かべる。
「いや、この間たまたまなんですけど……」
都内を車で移動することも多いが、事前に地図を確認したりカーナビに登録しておくのは普段の大祐なら必ず済ませておくのだが、先日の帰り、直帰するということもあって、気を抜いていた。
営業周りのあと、いつものこととはいえ、ぶつけられる悪意のない言葉に思考が止まっていたともいえる。
ぼんやり走らせていたために、いつもなら曲がるはずの場所を流れに乗って走っているうちに、曲がり損ねてしまい、大きな通りのため、戻る場所を求めていて、結局このあたりまで来てしまった。
車を回すために入ったわけだが、ふと大きな船を見上げてしばらくぼーっとしてしまう。
日が暮れて、ライトアップされた船はきれいで、思わず見入ってしまうだけはある。そしてその舳先にぽつんと、小さなライトを下げたサンタクロースがぶら下がっているのを見て、くすっとただ、単純に笑ってしまった。
―― 稲葉さんに見せたらなんて言うだろう
そう思ったことは胸に留めて、ただ迷い込んだ話だけをする。
「空井さんでもそんなことあるんですね」
「つい……。でも、そんなことでもなければこんなところに来ることもなかったので」
「そうなんですか?ディナークルーズとか結構有名ですよ」
強い風に髪を押さえたリカを見て、風よけになる位置に移動しながら車へと促す。
「うーん、そんな高そうなところ、縁ないですし……、そもそも行く相手もいませんよ」
―― 稲葉さん、一緒に行きますか?……なんて言えたらだけど
「じゃあ、今度機会があったら行きませんか」
「本当にー……。って、えぇっ?!」
「そこ、そんなに驚きます?もしかして空井さん、船が怖いとか。めっちゃ船酔いするとか」
「や、それはないですけど……。でも」
こういうところは恋人同士が行くような場所じゃ。
その続きを言いそびれていると、どこかすねたような顔で早口な声が聞こえた。
「空井さんが嫌だっていうならいいですけど」
そんなまさか、と答える前にリカの姿は車の中に消えて、勢いのいい音が跳ね返ってくる。慌てて、運転席に乗り込んだ大祐は、冷えただろうと急いでエンジンをかけてから、サイドブレーキに手を置く。
「自分、いえ、僕、こんな船に乗ったこともないので、船酔いするかもしれないですけど、稲葉さん、一緒に行ってくれますか?」
「いいですよ?私、学生時代に友人たちと一緒に乗ったことがあるので。その時はランチで女子会でしたけど」
「じゃあ。今度。是非」
誘います。
絶対。
サイドブレーキを落として、ギアをいれて。
アクセルを踏み込む。
こんな風に、彼女にも踏み出せればいいのに。
「あれっ?」
「ん?どうかしました?」
「あああ、いえ。なんでもないです」
いつの間に、こんな風に想っていたのか唐突に我に返る。取り乱したりすることはあるが、我ながらこんなに青臭い迷子になるものだったかと自分でもおかしくなる。
夕暮れの中でリカを乗せて帝都テレビに向かう車の中は、温かくて、二人だけなのにどこかぎこちない。
「空井さん、今日はなんだかずっと付き合ってもらってありがとうございました」
「いえ!じゃあ、稲葉さん」
「はい。お疲れ様でした」
呆気ないくらいあっさりと車を降りて去っていく後ろ姿を見ながら、クリスマスまでの間にいつリカを誘えるかと、大祐は妙に浮かれた気持ちで車を走らせた。
—end
本当は、消えた流れでは二人が船に乗ったのですが、書き直したらなぜか乗らなかった二人。
いつか乗せたいと思います。
遅くなりましたー!!