「おいしい」
「よかった」
「今日、お昼は何食べた?」
「私は、パスタです。社食のミートソース」
割合、メニューは豊富な方だが味はそこそこである。魚をきれいにほぐしながらリカの倍の速さで大祐のご飯が無くなっていく。
「そっか。俺はカレーだったよ」
金曜日と言えばカレーである。リカが社食でカレーをよく食べていたと聞いて、ついつい金曜になるとカレーを選ぶことが増えた。だが、それよりは今食べているリカの作ってくれたメニューの方がはるかにおいしくて、どうでもいい気分になる。
「だから今日は和食?」
「あ、うん。それもあるけど、和食の方が手早くできるかなぁって。あと、何となくお魚が食べたかった」
「あるね。そういう日。俺、たまーになんだけどあれ。あのナポリタンが食べたくなるよ」
ああ、ナポリの、と目を見合わせたリカが嬉しそうに頷いた。一呼吸おいて、飲み込んでからまた食べに行きましょうね、と言う。
「いいの?」
「もちろん。私一人じゃきっとまた食べきれないし?」
目を輝かせた大祐に悪戯っぽく笑ったリカがあの時のことを引き合いに出した。もちろん、普通は一人で十分な量だということもわかっているが、サービスと言ってまた二人が顔を出せばきっとオーナーは大盛りにしてくるだろう。
目を輝かせた大祐は、あれならいくらでも食べられるなと思う。
「思い出すとあの甘くてタバスコかけた後のちょっと辛いところと、サラダの味を食べたくなっちゃうんだよねぇ。リカはきっとおいしいものをたくさん食べてるからそんなことにはならないんだろうけど」
「そんなことない。でも、ナポリに行くなら大祐さんと一緒に行きたいなとは思ってますよ?」
少しだけリカの目元がピンクになって、ナポリの味だけではなく、その経緯を思い出しているらしい。皿の上の魚の身が、リカの方だけ細かくてばらけている。それに引き替え大祐の皿の上はきれいに、骨だけが除かれていた。
気まずさを隠すように、魚をつついていたリカの皿から骨だけをひょい、と大祐は自分の皿に移す。
「俺も行くならやっぱりリカと一緒に行きたいな。タバスコが辛すぎて、リカが泣かないように見てたいしね」
「っ、……そんなことしません!」
動揺しすぎて大祐がしたことにも気づいていないリカが、あれっと我に返る。くくっとこらえきれずに笑い出した大祐が、ぽんぽん、とリカの頭を撫でながら立ち上がった。自分でおかわりをよそいに行く。
「可愛い」
「はぁ?!急に、そういうこと言うのやめ……、やめましょう、よ」
動揺しすぎて口調がデスマス体に戻りかけたリカが、噛みながらしどろもどろに言う。昔のガツガツリカぴょんの話は、ついつい、いつもからかってしまうけど、本音を言えば大祐にとっては一番、惹かれるきっかけになった頃のリカだけに一番、構いたいのだ。
「事実だから仕方ないよ。俺にとっては」
「そんな、大祐さんだって可愛いですよっ」
そこは負けず嫌いのリカである。ついつい、反論してからしまったとどれだけ後悔するだろう。
「可愛い?俺が?」
ご飯とお味噌汁を両手に持って戻ってきた大祐が心底不思議そうな顔になる。
確かに、可愛いもかっこいいも客観的な感想でしかないから仕方がないのだが、大祐にはリカの可愛さと自分が可愛いと言われることがいくら説明されてもリンクしないのだ。
「時々、リカにそういわれるけど、全然そんなことないよ?基地で聞いてみたけど、ありえないって言われたしさ」
真顔で答える大祐に、ぶっと、吹きそうになる。男の比率が90%以上の基地の中でそんな質問を振っても惚気としか思われないことくらいわかってもよさそうなのだが、気づかないところが大祐らしい。あ、とくるくるっと大祐の目が少しだけ見開かれて嬉しそうな顔をリカに向けた。
「でもね、一人だけわかるって言ってくれた人がいるよ。最近ブルーに配属になった新谷さんっていう人がいるんだけど、すっごいイケメンで男前な人なんだ。不思議だけど、彼女の噂も聞かないんだよねぇ」
もったいないんだよねぇ、と言いながら首を傾げた大祐に、リカも不思議ですね、と相槌を打つ。そもそも男から見たイケメンと女から見たイケメンではずれがあるし、二人の場合、一般的な軸からもだいぶずれている。
自覚があるリカはあえてそこには触れなかった。
「女性の方には聞かなかったんですか?」
「えぇ?!女子隊員にそんな話したらからかわれるに決まってるでしょ。しないよ」
―― リカに妙な誤解を受けたくないし……
「はい?」
「いやっ、なんでもない!それより、リカの方こそ、職場とか周りに言われないの?」
「い、言われるわけないじゃないですかっ!ガツガツって言われても、かっ、可愛いだなんてまさか……」
妙に歯切れ悪くなったリカはそれを誤魔化すように忙しなく箸を動かす。本当は取材先や外部の人には、世辞としてだが、別嬪だねぇとか美人だとか言われないわけではない。ただ、それは女性に対しての一般的な社交辞令にすぎなくて、本気にするようなものでもない。ただ、最近局の中で違う部署の人にも話しかけられる機会が増えたなとは思っていた。
以前なら、ピリピリしたムードを纏わせていたリカに話しかけるのは仕事でなければ、藤枝か、ともみをはじめとした同期の連中か、珠輝か。あとはやっかみか嫌味を言われるのが関の山だったから、妙に落ち着かないとは感じている。
「……言われるんだ」
「言われませんっ!……ほとんど」
どうしてそういう時だけ勘が鋭いのかと思うが、大祐の視線が怖くてテーブルの上をうろうろと彷徨ったリカは、残りの食事を慌ただしく済ませて、先に立ち上がった。
流しに食器を置いて水につけてからお茶を入れて戻る。
「もう、やめましょ。この話題。それより明日、明後日はどうしますか?」
「リカは?何か予定ある?」
「特には……。ちょっとお買い物でもどうかなくらいかな」
なるべく大祐が来る週末に買い物などの雑用は避けるようにしているが、どうしても都合があわない時もある。急ぎではないものを思い浮かべたリカに、すぐいいよ、と大祐が頷く。
趣味と言ってもブルー以外ない大祐にとって、休日など特にこれとってすることなどないことがほとんどだ。
リカの傍にいることが一番な大祐にとって、なんということでもない。
「いいよ。どこでもリカの行きたいところで」
「じゃあ、早めに出かけてさっさと済ませちゃいますね」
「うん。リカの好きなようにして?」
食べ終わった食器を手にした大祐が立ち上がる。
「俺が片付けておくからリカは仕事してもいいよ?どうせ持って帰ってきてるんでしょ?」
「うー……。最近じゃ色々あるから仕事持って帰ってきたりはしてません。録り貯めたビデオを見ておきたいくらい」
だから一緒に手伝うと言い出したリカに、くすっと笑ってリカの体を回れ右させた。
「だったらお風呂、入っておいでよ」
「……ありがとう」
これでもだいぶ素直になったリカの返事に一度は肩から離した手を背後から抱きしめるように回す。リカの頭に一瞬だけ目を伏せて顔を寄せると、ゆっくりしておいで、と呟く。
とんとん、と回された腕をリカの手が軽く叩いた。
「これじゃいけません」
「そうだね」
うん、と言ってもなかなか離しがたい誘惑を何とかねじ伏せてリカを押しやると、大祐は袖をまくってキッチンに立った。