FLEX18*~温もりに甘えて

お風呂から出たリカは、ソファに座って録り溜めて置いたビデオを次々と再生していた。5分程度のミニ番組や1時間番組など色々である。
それを見ながら今週の出来事をぽつぽつと話す。毎日、メールも電話もしているのに、それでも話すことはたくさんある。

「今週、あんまりコーヒー飲まなかったかな」
「へぇ。やっぱり仕事中はコーヒー飲むのが多い?」
「うん。フロアにコーヒーメーカーがあって、それにめいっぱい入れておいて、無くなったら誰かが新しいのを入れるって感じだから、ついついそれを飲んじゃう」

目の前のテーブルに置かれたカップにはコーヒーが入っていて、リカの方はブラックで大祐の方にはミルクと砂糖が入っている。

「飲みすぎると胃が痛くなっちゃうんだけど」
「たまにはミルクとか入れたら?」
「ん……」

ソファに寄り掛かっていた大祐は、ふと頭を振ってキッチンの方へと視線を向けた。並んでテレビを見ていると思っていたリカは番組に集中していて気づいてはいない。
若干、温くなり始めたカップを手にすると大祐が立ち上がった。

しばらくして戻ってきた大祐が2つのカップをテーブルに置く。あったかいの、入れてきたという大祐にうん、と頷く。

「ありがと」

画面に視線を向けていたリカが目の前に置かれたカップを口に運んで一口飲むと、あれっと声を上げた。

「わ。なんだろこれ」
「だめだった?」
「ううん。おいしい」

飲んでみるまで気づかない自分にもびっくりだが、急に目が覚めたような気がする。もう一口飲んでからああ、と思う。

「ミルクティ?」
「うん。たまにはいいかなと思って。よくわかんないけど、コーヒーより胃には優しい気がするじゃない」
「確かに。でも、カフェインは紅茶の方が多いの」

リカのカップに残っていたコーヒーを自分のカップにあけた大祐は、温くなったカップにミルクだけを足していた。嬉しそうな顔で紅茶を両手で包み込むリカを見ているだけで満足なのだ。

「あー、おいしい。たまにはいいかも」
「よかった」

にこっと微笑みあって、再びテレビに視線が戻る。しばらくすると、大祐の隣に座っていたリカの様子が変わった。
こくり、こくり、と頭が揺れているリカに気づいた大祐がそっと寄り掛かりやすいように肩を寄せる。寄り掛かる先を見つけた頭がとん、と寄り掛かってしばらくすると動かなくなった。

すう、すう、と穏やかな寝息が聞こえ始めて、起こさないようにその頭にそっと自分の頭を寄せる。

―― 疲れてるんだろうなぁ

こんなに疲れるくらい忙しかったのだろうが、それでも必死に仕事を片付けて駅までわざわざ迎えに来たのだろう。そんなことくらい、見ていなくてもわかる。リカのことだから、そんな無理をしたことも大したことじゃないと思っているかもしれないが。

流れている番組を停止すると、ゆっくり体をずらしてリカの体を抱きとめる。軽々と抱き上げた大祐がベッドに運ぶと、布団をかけてから二つ分のマグカップを片付けた。テレビを消して、リカの隣に滑り込むと、温まった布団に、うわっ、と思う。

これまでは意識したこともなかったが、ベッドに入った瞬間に誰かの人肌で温かいなんてなかったから、寒くなってくるにつれて、いつもその感覚にドキドキする。ひやっとした体が滑り込んできたせいで微睡んでいたリカが眠そうな目を押し上げた。

「……ん?」
「ごめん。起こしたね。いいよ。眠って」
「私、寝ちゃった?」

眠い目をこすったリカがすり寄って大祐の腕の中にすっぽりと納まる。すっかり体の温まったリカを抱きかかえるとこれ以上ないくらいの幸福感に包まれた。

「うん」
「ごめん……。途中までは覚えてるのに……」
「いいんだってば」

申し訳なさそうに一生懸命、目を覚まそうとしているリカに啄むようなキスを繰り返す。そのうちに、ふわりと感じる甘さに深く口づけた大祐がゆっくりと甘い香りを味わった。

「……っん」
「ミルクティ、味見しちゃった」
「……ばか」

とろんとした顔のリカにそう言われても少しも腹が立たない。むしろ、同感だと思う。ぎゅっと抱きしめるとリカもそれに応えるようにすりすりと大祐の肩に頬を寄せてくる。
再会して、付き合うのと同時に婚約したばかりの頃は、会うだけで緊張して、実感がわかなくて、その実感を得るために抱き合っていたようなものだが、今はそれも違う。

こうして、腕の中に抱いていれば欲しいと思うのは当然だが、あの頃ほどがっついた気持ちにはならない。

「……起こしてごめんね」
「いいの。せっかく大祐さんが傍にいてくれるのに寝ちゃった私が悪いんだし……」
「悪くなんかないよ」

さらさらと抱きしめる腕であやす様にその背を撫でていると、くふん、と可愛らしくリカが鼻を鳴らした。少しだけ髭の伸び始めた大祐の顎の下側にぴったりと顔を寄せる。

温かい感触に思わず苦笑いが浮かぶ。

「……素直に眠ったほうがいいと思うんだけど」

―― そんな風に誘わないで……

リカの誘惑にまだ踏みとどまる余裕もある。それと同じくらい、素直に甘えてくるようになったリカがいる。

「……うん」

首筋に唇を押し当てて、目を閉じると優しく撫でられているだけなのに気持ちよくて、ため息のように漏れたリカの吐息が甘くなる。

「どうしたの。甘えてるね」
「ん……。眠いの」
「眠いね」

そう言いながら、背筋を撫でていた手が指先に変わった。
指の先だけで背中を撫でられた瞬間。それが嬉しくて、大祐の体に腕を回してすり寄ると、片足で引き寄せられる。

触れている場所から大祐の体温が上がった気がした。

投稿者 kogetsu

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