急いで家に帰ったリカは、スーパーで買った白身の魚をムニエルにするつもりだった。と言っても白身魚を三枚おろしにしてもらうところまではスーパーでやってもらった。
一人暮らしでは魚をさばくことも少なかったから万能包丁しかないのだから仕方がない。
バターでソテーするばかりに用意しておいて、真っ白なプレートにトマトとバジルで二色のソースを仕立てる。
「う……、お店ではこんな感じだったのに、自分ではなんでうまくできないのーっ」
レストランで品よく盛り付けられたものは何度も見たはずなのに、自分でソースを引くとなんだか不細工に見える。
だが、ちらりとカウンターに置いた時計を見ると、もうそろそろ大祐から連絡が来てもおかしくない。
「もう時間もないし、しょうがないことにして……。あと、サラダはできてるし、あっ、スープっ」
フランスパンはカットしてガーリックバターを塗ってトースターに入っている。ポタージュは、昨夜のうちに仕込んで冷蔵庫に入れておいたから、あとは温めるだけだ。
大祐には、局を出るときに家に帰って待っているとメールしてある。
たまには気合の入った夕食を食べてもらいたくて、頑張ってみたのだ。
「わぁ……、なんか緊張する」
味見をするのも少しずつなので、本当にうまくできているか自信がないリカがぽつりと呟いたところでピンポーンとチャイムが鳴った。
急いで玄関に迎えに行くと、いつもなら鍵をあけて入ってくるはずなのに、その気配がなくて、ドアから表を覗いたリカは、その陰から現れた大祐に驚いた。
「ひゃっ!」
「あはは、ごめんごめん。驚いた?」
「お、驚くに決まってるじゃない!」
悪戯がまんまと成功して嬉しそうな顔の大祐に、もうっ!とリカがぶつ真似をして見せた。
じゃれあいながら部屋に入った大祐が、冷えた空気をまとっているからいきなりリカには触れないようにして奥へと進む。
「実はさ、基地で皆にサプライズとかしないのかっていっぱい言われたんだよ。それで、俺がサプライズって何だろう?って思ったらこういう悪戯かなって」
「大祐さん、サプライズの意味が違ってる気がしますよ、それ」
「そう?」
部屋に入ると、すごくいい匂いが漂っていて、その瞬間、ぐうっと大祐のお腹が鳴った。
「うわっ、俺の腹、正直すぎっ」
「ふふっ、私もお腹すきました。着替えたらご飯にしてもいい?」
「うん。その前に……」
鞄を置いて、コートとスーツの上着を脱いだ大祐が、ぱたぱたと体を動かして暖かな部屋の空気に自分をなじませてから両腕を大きく開いた。
「ぎゅってしてもいい?」
ニコッと笑った顔に、照れ臭そうに頷いたリカがばふっと抱き着いた。
「お帰りなさい」
「ただいま。会いたかったー」
ワイシャツ越しに大祐の肩のあたりにぺったりと顔を付けたリカが大祐の匂いにぎゅっと体に回した腕に力を入れた。
「私も……。嬉しいな」
「リカ、やせたんじゃない?」
「やせてないから!……もう、ご飯にしよ?」
お互いが頷きながらどちらもなかなか腕を離せなくて、しまいには笑い出した。せーの、と言って一緒に腕を離してから、大祐は部屋着に着替えた。
その間に、スープを火にかけて、フライパンに火をつけると、トースターも同時に動かす。
くるくると動き回っていたリカを見ながら、手伝おうとキッチンに近づいてきた大祐は、その途中でゆっくりと色を変えるスノードームに気付いた。
リカの部屋では見かけなかったそれを取り上げると、ふわりとスノードームの中の雪が舞う。
―― ほら。サプライズってこういうのじゃないかな。かわいい、可愛いサプライズ……
その間に、次々と出来上がったものをリカが運んできた。
「すごいじゃない。どうしたの」
「クリスマスだからってわけじゃないんだけど。たまには、私もちゃんと料理するとこみせようかなって思ったんです」
顔はどうだ、と言わんばかりなのに何でもないとでも言いたげなリカをみて、ぷっと笑い出した。
「なんですか。……ダメ?」
「いや。……やばい。リカ、可愛すぎだってば」
「なんで?!」
―― これで無自覚なのがますます可愛いって言ったら、本気で拗ねるかもしれないけど
そばに座ったリカの肩を引き寄せると、こつん、と頭を寄せてみた。
「なんででも!……食べていい?」
「もちろん。どうぞ召し上がれ」
食べ始めると、一口食べるごとに、おいしいという大祐にほっとして、リカも安心して食べ始める。
「結局、リカ、仕事はどうしたの?」
「きっちりお休みをもらう分、24と25は普通に働きますって言いきってきたよ。皆同じだもの。阿久津さんなんて、お嬢さんが中学受験だからお正月はピリピリしてるみたいだし」
「そうなの?」
かつて、阿久津のことを心配して実家に帰ったくらい、思い切りのいい阿久津の嫁は受験を乗り切るために、阿久津にも今まで以上に厳しいらしい。
最近ではお茶だけではなく、弁当まで持たされている阿久津が食堂でぼやいている。それに定番のカレーで付き合うのがリカなのだ。
トーストだけでは、物足りなさそうな顔をしていた大祐にご飯をよそって、たあいもない話をする。
片づけは自分が、と言い出した大祐に任せてお風呂を沸かしたリカに、手早くキッチンをきれいに整えた大祐がちょいちょい、と手招きする。
「なに?」
「あのね」
大祐が鞄から取り出したのは小さな可愛らしい包みで、困った顔になったリカに、大丈夫だから開けてみて、といった。
大祐の思い切りの良さを分かっているリカは、常々、プレゼントをサプライズで考えたりしないでくれと言ってある。日頃、細かい買い物をしない代わりに、ここぞというときは勢いに任せた買い物をしてしまう大祐だからこそ、困ってしまうのだった。
まさかアクセサリーでも買ってきたのかと思ったリカは、渋い顔でラッピングを開けた後、盛大に笑い出した。
「なんですか、これー!」
「ね?大丈夫だったでしょ?一応、クリスマスだからプレゼントがあったほうがいいのかなって思ったんだけど、アクセサリーとか、買うならリカと一緒に買いに行きたかったし、何がいいかなって思って選んでみた」
笑い転げながらしげしげとリカが眺めていたのは、飴でできた花のリングだった。子供のころ、指輪の石の部分が大きな飴玉になっていたものがあったのをご存じだろうか。
その飴の部分が、とてもきれいで芸術的な花になっているのだ。
「すごい。めちゃくちゃきれいだけど、なんていうんでしょうね。このグラデーション。わー、すごい……。これ、リングの部分まで飴なのかな」
「うん。たぶん飴らしいよ。全部食べられますって。あとあんまり飾っておくと、飴が割れちゃったり、汗をかいて溶けちゃったりするらしいから、気がすんだら食べてください、だって」
気がすんだら、というのが飴に対する表現としてどうなのかとは思ったが、これではさすがに怒ることもできない。
いくら高いといっても、せいぜい数千円の飴玉なら笑って喜べる。
「嬉しい。ありがとう。大祐さん。これはやられました」
「やった!リカが喜んでくれた」
「そんな……。何もなくてもこうして一緒に過ごせるだけで嬉しいから!」
「それは俺も一緒だなぁ」
ふわっとリカを抱きしめた大祐が大好きなリカの髪の香りを嬉しそうに堪能する。
テーブルの上に飴を置いたリカが大祐の体に腕を回した。