FLEX26*~独占欲が変わるとき

仕事納めを済ませたリカは、大祐に帰ったよ、とメールをした後、一休みしてから気合を入れた。
27日の午後、まだ普段なら仕事をしている時間だが、こんな早い時間に家にいるのは珍しい。髪をクリップで止めると部屋着の袖をまくる。

クリスマスをそれぞれの部屋で過ごした大祐とリカは、正月、2日までは松島で過ごし、年始は東京に来る予定になっていた。二人で正月を迎えた後、大祐とともに東京に来て、リカの実家に顔を出す予定でいるので、戻ってからこの部屋に大祐が来る。
嫁として、大祐の実家に顔を出さなくてよいのかと聞いたが、正月はいつも帰らないのでまた今度でいいといわれてしまった。

普段、離れている分、妻らしいことがなかなかできないので、お正月くらいはできる限りのことをするつもりだった。

冷蔵庫の中を整理して、冷蔵庫用の除菌ペーパーできれいに拭き清める。ついついとっておいた添え物の調味料はこの際捨ててしまって、きちんと並べなおすと、それだけでもすっきりするものだ。

いくら日頃、掃除をしているといってもやはり、いわゆる大掃除という場所はあるわけで、特に水回りは気になる場所である。トイレやお風呂場はもう済ませてあったので、あとはキッチンだけだ。
IHのプレートは、念入りに磨いておいて、換気扇のフィルターを外したリカはカウンターに置いてある携帯の振動音に顔を上げた。本格的に手が汚れるまえにと、軽く手を洗ってからメールを開いて吹き出した。

『お帰りなさい。やっぱり来るのは明日?(T ^ T)』

泣きべそをかいた顔文字に笑いがこみ上げてくる。

やることがたくさんあるので、松島に行くのは明日と言ったリカに、掃除なら年始に自分が行ってからするからと大祐はギリギリまで粘った。

慣れているし、ピカピカに綺麗にするから代わりに早く来て、と大祐は言い続けたが、頷かなかったリカに最後は折れた。仕事納めの今日は仕事が半日でおわるので、考えていたあれこれを済ませてから向かうつもりだったのだ。

やはり掃除だけは自分でしたかったし、正月飾りはしないが、小さな鏡餅くらいは用意したい。それに、冷凍庫には持っていくつもりで用意した栗きんとんがはいっている。
他のものは、松島に着いてから買うつもりだが、これだけは稲葉家でもリカが担当していたので、自信があるのだ。

『大祐さんは普通に夕方まで仕事でしょう?頑張ってお仕事して下さい』

可愛げがないなあ、と我ながら思ったが、リカ自身、早く会いたい気持ちを抑えているのだからとにかく、やるべきことを済ませるのが先だ。荷物はまとめてあるし、早く終わらせることができたら、内緒で今日、松島に行ってもいい。だからこそ、新幹線のチケットはまだ買っていなかった。

早く会いたい気持ちと、女としてやるべきことはきちんとしたい。
リカにとっての乙女心はどちらも矛盾がないのだ。

「よし、がんばろ!」

部屋の時計は、まだ14時を指していて、リカの予想なら夕方にはきれいになっているはずだ。携帯をカウンターに置くと、リカは再び掃除にかかった。

クリスマスの宣言通り、きっちり仕事は済ませて休みに入ったリカとは違い、通常営業の大祐は、リカからの返信を見てしょんぼりと置いてけぼりを食らったわんこのようにうなだれていた。大祐も今日で仕事納めではあったが、リカのように半日ではない。

ちゃんと仕事をしなさいとリカに返されたメールを見てもう一度ため息をついた大祐は、気分転換にと廊下に出た。

「空井」

ぽん、と廊下に出てすぐ島崎に肩を叩かれてゆっくりと振り返る。すっかりしょぼくれた顔の大祐に、若干呆れた島崎はやれやれ、と肩を竦めた。

「リカぴょんに相手にされないのか?その顔」
「そうなんです!聞いてくださいよ、今日で仕事納めだっていうのに来てくれないんです!」
「てことは、お前ひとりで正月迎えるのか?」
「いえ……。明日には来てくれるんですけど……」

しょんぼりと答えた大祐に、がくっと島崎の頭が下に落ちた。

―― たった一日じゃねぇか。主人に置いてい行かれたワンコか!お前は!

「だって……、連休のときは違ったんですよ?!早く会いたい、少しでも長く一緒にいたいって言ってくれてたのに、今日は半日で終わるっていうから来てくれるのかと思ったら……」
「お前なぁ……」

はーっと深いため息を吐き出した島崎は、ちょっと来い、と言って大祐の襟首を捕まえると引きずるように歩き出した。島崎は、既婚者でもあり、女性がこういう時期にどれだけ忙しいのかわかっている。おそらく、おせちや掃除や、いいろいろ考えているのだろう、くらいは察しがつく。

こんな男が旦那では“リカぴょん”も苦労するなぁと胸の中で呟いた。

その間も、ずるずると引きずられて表に出た大祐は逃れようとして、無駄なあがきを繰り返している。

「ちょっ……、島崎さん?!何するんですか!」
「俺が、どれだけお前に対するあれこれを抑えてやってるかと思ったら馬鹿馬鹿しくなってきたんだよ!」

新婚だからと言って、初めのころは島崎もからかいのネタとして大祐をいじってはいたが、独身の隊員達や彼女がいる隊員達のやっかみやからかいはもっと勢いがあった。
特に、修行僧とまで言われるくらいストイックで仕事にのめりこんでいた大祐に、彼女を紹介しようとしてあの手この手を尽くして、心配していた隊員らの中には、いきなり再会してすぐに美人テレビディレクターをゲットした大祐が惚気ることに苛立ちを覚えるものも少なくない。

そんな彼らを陰で宥めていたのは島崎と渉外室の山本だった。

「ったく、お前、どれだけいろんな奴の恨みつらみを背負ってると思ってるんだ?お前なんか、靴を隠されて、制服はびしょぬれで、机の上にはゴキブリホイホイ置かれてるところだったんだぞ」

まさか、オーバーに言い過ぎだ、という大祐に、甘い!と思った島崎は、むぅっとしたまま整備の隊員たちもいるハンガーへと連れて行った。島崎が、現れただけで皆の視線はちらちら集まっていたが、集合、の声ひとつで周囲にいた隊員たちが集まって来る。
目の前にずらっとそろった制服を前に襟首をつかんでいた大祐をぐいっと前に押し出した。

「これから臨時訓練だ!空井がたった一日!嫁さんが来るのが遅いってことでしょぼくれてる!!お前ら、こいつに気合入れてやれ!」
「え?!は?えっ!ちょっ!!」

島崎の言葉に冗談だろう?!と、大祐が振り返るよりも早く、にやりと腕まくりした隊員たちが一斉にとびかかった。
島崎が大祐をハンガーに連れてきた時点で、その様子を見れば薄々隊員たちは何があるか察している。うぉい!とこれでもかというくらいの返事が聞こえるよりも先に、一気に大祐の姿は隊員たちの間にもみくしゃになった。

「やめっ!うわっ、何するんすか!」

ヘッドロックをかけられたり、あちこちから小突く手に、参ったと思ったが、それだけならまだやり過ごせると踏んでいたが、今日はいつもの比ではなかった。

「うわぁっ?ちょっと!何、どこ触ってるんすか!」
「うるせぇ!お前、りかぴょんに会いに行くたびに惚気すぎなんだよ!」
「そうだ!あんな別嬪な嫁さんがいるんだから、ちょっとくらい会えなくてもいい年して拗ねるんじゃねぇよ!」
「連休もクリスマスも散々デレデレしてただろうが!」

わぁわぁという大騒ぎになったハンガーの中で、いつの間にか大祐の身分証明を入れたパスケースと携帯が奪い取られていた。
慌てて手を伸ばしたが、皆、猛者ぞろいである。整備の隊員たちも混ざって、恐ろしい人数になっている。

「駄目です!それは駄目ですってば!」

大祐が取り戻そうと慌てたてもがけばもがくほど、それらは遥々と離れたところにいる隊員の手に高々と掲げられた。

「りかぴょんの写真増えてんじゃねぇか!しかも、めっちゃ可愛いぞ!」

パスケースを開いた隊員の声にわぁっと今度は大祐を放り出してそちらの写真に皆が集まった。

投稿者 kogetsu

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です