仙台駅で、電光掲示板を見上げたリカは、松島海岸に到着予定の時間を見て、それをメールした。
本当は無理をして迎えになど来なくてもいいのにといつも思うのに、間に合わせられる限り、大祐は迎えに来てくれる。大人なんだから、タクシーでもなんでもつかって、行くからと言うリカに、このくらいは甘えて、といつも言い返された。
乗車券は仙台駅までしか買っていない。券売機に立って、路線図を見ながら乗車券を買うと、次々と並んでいるから邪魔にならないように改札の少し横に移動して、キャリーを置きながら財布をしまう。
仙台駅は、新幹線から降りてきた帰省客や、これから旅行に出かけるらしい大きなキャリーを引きずった人々、そして、待ち合わせをしている人たちでいつも以上に込み合っていた。
その人混みを見てから、そういえば自分も帰省客の一人なのだと思いついて、こそばゆいような気持ちになる。
新幹線の改札がある3階から一つ降りたJR線の改札を抜けて仙石線のホームに向かうと、一気に人が減って、キャリーを引きずったリカははらりと降り始めた雪に空を見上げた。
―― 道理で寒いはずだ……。雪が降るって言ってたっけ……
ヒートテックは着ていても所詮、リカの着ているものは都会で寒いとき用に着ているものである。肩先が冷えてきた気がして肩を竦めたリカは、到着した列車に逃げるように乗り込んだ。
リカからのメールを受けて、定刻で上がった大祐は、車を走らせている間に、待ちきれずに降り出した雪に、眉を顰めた。
―― 降ってきちゃったか……
今はまだ降り始めだからまだいいが、もっと吹雪くか、路面に落ちた雪が解けると、雨の降り始め以上に気を使わなければならなくなる。昼間ならまだよかったが、もう日暮れ時だから、凍ってしまうからだ。
それを警戒した車もゆっくり走る様になるから、到着が遅くなってしまう。
それまでの間になるべく時間を稼いでおこうと、アクセルを踏み込んだ。
松島海岸の駅の前のロータリーにブルーの車が滑り込むと、そこにはキャリーバックと共に佇んでいるリカの姿がぽつんとあった。ぐるりと回るのももどかしく、ちっと舌打ちをした大祐が、その前にきゅっと音をさせて車を停めた。
「リカ!ごめん!!」
「大祐さん!ごめんね」
シートベルトを外すのももどかしい勢いで車から飛び出した大祐が駆け寄ると、待っていた方のリカも同じように謝ってきた。
さほどではないのだろうが、この寒い中で待っていたからリカの顔も手もすっかり冷え切っている。
「何謝ってるの?俺の方が待たせたのに……。ほんとにごめん。荷物これだよね。乗って」
「だって、やっぱり、私、バスで矢本まで行けば」
「いいから!風邪ひくし、早く入ってあったまって」
強張っているリカを助手席のドアを開けて押し込むと、キャリーを後部座席に積んで、自分も運転席に戻った。顔の前で両手に息を吹きかけているリカの手を取って、両手で包み込むと、へへっとリカが笑って見せる。
「せっかく来るときに、お風呂はいってきれいにお化粧もしてきたのに、これじゃ意味無くなっちゃった」
「なんで?可愛いよ。こんなに冷え切るくらい待たせてごめん」
「いいの。大丈夫だし、私が無理言って急に予定変えたのが悪いんだし」
大祐の手の中で少しずつ、リカの手が温まってきたので、そっと手を離してハンドルを握る。
「今夜から雪だよ。リカ、その着てるの意外に温かい服持ってきてる?」
「一応、ヒートテックは着てるし、持ってきてるけど、ニットセーターくらい……」
「それじゃ駄目だろ。俺の服着るにしても寒いだろうし、急いで帰りたいけど、いつものスーパーによるね」
一息にそう言った大祐に素直に頷いたリカを乗せて、車を走らせた。
近くのスーパーに立ち寄って、珍しく大祐がリカに服を選ぶ。タートルネックのシャツや、厚手のシャツにダウンまで買うと言われてはリカも慌ててしまう。
「そ、そんなにはいらないんじゃない?」
「都内ではそれでいいかもしれないけど、こっちじゃ、さすがに寒いと思うよ?初詣とか表にいる時間が長いとすぐに冷えてきちゃうし」
「あ、そう……なの?」
言われるままにサイズと、色を選んでカゴに入れると、レジに向かう。ぴったりとリカに寄り添うように後ろをついてきた大祐が、レジ打ちされたところでさっとお金を出す。
「あっ、自分で出すからいいってば」
「いいよ。このくらい買わせて」
大祐の勢いに押されて頷いたリカは、商品でだいぶ膨らんだ買い物袋を渡された。ダウンを買ったからとはいえ、そのサイズにうっと、困った顔をになる。その袋を横から奪った大祐に手をひかれて列から出た。
「あと、何か買うものある?毎日でも買いに来られるから大丈夫ではあるけど」
「大祐さん、今夜は何食べたい?」
お節の材料になるものは、さすがにこんな時間に買わなくてもいいだろうから後で買うことにして、大祐のリクエストを聞いて、夕食は家でのパスタに落ち着いた。
「もしかしてナポリタンとか思ってます?」
「え?俺達の味って言ったら、洋食ナポリのあれでしょ?」
リカが来るときには冷蔵庫の中を充実させておくのは大祐も同じような習慣になりつつある。ましてナポリタンなら、玉ねぎにピーマンとベーコンでもあればばっちりだ。
リカの手を引いて、片手にリカのために買った服を持つ。その状態が、ひどく新鮮で昼間の隊員達の妬みを思い出した大祐は妙な優越感を覚えた。
歩いてもいくらでもない距離だが、すっかり本降りになり始めた雪を見上げて、リカを急いで車に押し込む。
「すぐ着くからね」
「すごい。たくさん降ってきちゃったね」
「そうだなぁ。都内だったら大騒ぎで電車も止まってるかもしれないね」
驚いた顔でまじまじと雪を眺めているリカに大祐がからかうように言った。確かに、これくらい雪が降ってきたら都内では大騒ぎになっているはずだ。その前にこちらに移動してきたリカは、自分が正解だったのかはわからないが、早めに移動してよかったと思う。