FLEX29*~独占欲が変わるとき 4

「さ、むかった~っ!」
「ほら、リカ!部屋入ってあったまって!」

車の中は温かかったが、一歩ドアを開けて外を歩くと、リカにとっては吸い込むだけで空気が違う。どういえばいいのかわからないが、肩のあたりからひやっとした冷気に包み込まれる気がするのだ。
まして、今は雪が降ってきている。風はおさまったが、しんしんと降り続く雪を見上げていたリカを大祐が叱りつけるようにして部屋へと連れて行った。

「エアコン、すぐ温まるからリカはここに座ってて。キャリーはいつもの場所、あと、さっき買った服はこれね」
「ありがとう。でも、夕ご飯つくるから」
「いいから。それは俺がやるから。もう、都会の恰好してるのに雪を見上げてるなんて風邪でも引いたらどうするの」

ごめんなさい、と上目づかいに見上げてくるリカを見ていると、怒るに怒れなくなる。う、と言葉に詰まった大祐は、一番エアコンが当たる場所に座ったリカの頭を撫でてから部屋の奥に入って、制服を着替えた。

「ごめんなさい。明日来るって言ってたのに……。やっぱり早くこっちに来たかったからがんばっちゃった」

えへっと小さく舌を出したリカが可愛くて、フリースの上下に着替えていた大祐は途端に自分の顔が蕩けてしまいそうになるのを見られないように顔を伏せる。

「でも早く大祐さんに会えて嬉しい」

―― うわぁ。どうしたっていうんだよ。今日のリカはめちゃくちゃ素直で可愛いじゃないか

「俺も嬉しいよ。だって、今日はずーっと落ち込んでたから」
「落ち込んでたの?」
「うん」

口元をへの字にした大祐が、苦笑いを浮かべてキッチンに向かう。ひとまず、リカのためにティーバックだが温かい紅茶を入れて、テーブルに置いて再びキッチンに戻る。
1LDKの部屋だから、ほとんど一部屋と言ってもいいくらいだが、照れくさいのは変わらない。

「だって……、てっきり今日仕事が終わったら来てくれるんだと思ったんだ」
「私だって、いつもそんなに我儘いいませんよ?」
「もっと我儘でいいと思ってるけど?」

全く逆のことを言いあって、ふふっと笑いあう。大きな鍋に湯を沸かし始めると、エアコンと相まって、部屋の中は急速に温まっていく。
コートを脱いだリカが立ち上がって、ハンガーにそれをかけると、キャリーから保冷バックにいれて持ってきたものを取り出す。

「大変だったんだよ。リカが来てくれないから、島崎さんにハンガーまで連れて行かれて、みんなにめちゃくちゃにされてさ。ほんと、たいへんだった……」

冷蔵庫から取り出したベーコンと、皮をむいた玉ねぎをシンク脇の上に置いた大祐が、何かを言いかけて固まった。

「大祐さん?」

冷蔵庫に保冷バックごと入れたリカは振り返って大祐の顔を見上げる。
あ、の形に開いた口元がふっと笑みを刻むと、大祐が珍しく悪戯っ子のような顔でリカを振り返った。

「ねぇ。リカ。スキー、やったことある?」
「え?スキー?んー、大学の時にスノボとスキーと両方かじったけど、全然うまくならなくてすぐにやめちゃった。東京からだと遠いし、お金もかかるじゃない?」
「じゃあさ、明日、スキーに行かない?」
「はぁ?!」

今度はリカの方が、驚いて口が開いたままになる。何をいきなりと思ったリカは、かつての自分が同級生やサークルの仲間たちにいくら教えられてもうまくできなくて、腹を立ててしまったことを思いだして、う、と言葉に詰まった。

「今日、雪降ってるでしょ?天気予報通り、明日晴れたら行こうよ」
「で、でもっ、私、ウェアも板も持ってないよ?」
「だいじょーぶ。今日服も買ったし、ちょっと待って。これ頼んでいい?」

うん、と頷いたリカに任せると、部屋の方に携帯を取りに向かう。
あちこちに連絡していた大祐が嬉しそうな顔で戻ってくる。

「板もウェアも借りられるよ。大丈夫。リカは嫌?」
「嫌じゃないけど……、本当に下手で大祐さん、引くんじゃないかと」
「それこそありえないよ」

吹き出した大祐がキッチンに戻って沸騰した鍋にパスタを入れると、涙目になったリカから包丁を受け取る。

「大祐さんこそ、スキーするんだ?」
「そりゃ……。一応仕事柄?」
「あっ……。そういうこと?」

航空学生の時に、その手の訓練はあるのだ。プライベートではあまり足を運ぶことが少ないが、腕前はそれなりである。
先ほど、趣味でもスキーを滑りに行く隊員に聞いたところ、明日は晴れるだろうし、行くなら道具も貸すと言っていた。

きらきらと目を輝かせた大祐に、リカはうーん、と迷った後小さく頷く。

「めちゃくちゃ下手で恥かかせるかもしれないけど、それでもよかったら」
「ははっ。それこそ嬉しいよ。一昔前の、憧れのシチュエーションじゃない?」
「憧れなの?そういうもの?」

目をくるくるとさせながら、どうにも納得がいかなそうなリカにくすくすと笑いながら大祐は、パスタの茹で具合を見る。大祐は少し柔らかめな方が好きだが、リカは少し硬めに茹でる方が好きだから、気持ちだけ硬めなところでパスタを上げた。

フライパンにベーコンと玉ねぎ、それからピーマンを放り込んで、手早く炒めながら途中でパスタを入れる。
ケチャップで痛めた後、中濃ソースを少しだけ隠し味のように入れた。

「こうすると、普通のケチャップでもナポリの味に近くなるんだよ」
「知らなかった!」
「へっへー。知らなかったでしょ。あとは食べてみてリカが加減してみて?」

どうだと、少しばかり威張って見せた大祐の傍にお皿を二枚差し出すと、きれいに二つ盛り付けたあと、ご丁寧にパラりとパセリを振る。コールスローはさすがに作っていなかったが、代わりに一緒にキッチンに立っていたリカが、手早くサラダを作ってくれたので、それとパスタをテーブルに運んだ。
冷えたビールと共に、さあ、食べようか、と腰を下ろしたところでピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。

投稿者 kogetsu

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